コラム「企業法務相談室」一覧

会社法,商取引法,M&A・事業承継,倒産・再生,IT・知財,労働法,公益通報・コンプライアンス等について,企業法務を取り扱う弁護士が豊富な実務経験に基づき解説しています。

  • 2014/05/08 企業経営 「顧問弁護士としての株主総会の運営・手続面での対応のポイント」(田島正広弁護士)

    顧問弁護士としての株主総会の運営・手続面での対応のポイント

    顧問の立場で株主総会を多く経験してきた弁護士として,その立場における株主総会の運営・手続面での対応のポイントを概観してみましょう。

    まず,顧問弁護士としては,事前準備として,当日の議案についての定足数・議決権の頭数・割合等に関する法令・定款の確認をしておくことを忘れてはなりません。招集以前の段階で行っていないと,総会の運営に重大な支障を及ぼす虞があります。

    この点は,株主総会指導に当たる信託銀行担当者等がフォローしているのが通常なので,気にも留めない方もおられるでしょうが,丸投げには当然ながらリスクが伴います。

    もちろん,株主総会当日においても,まずは定足数・議決権数が上記要件を満たしているかを事務局担当者に確認することは不可欠です。

    続いて,議案や決算内容から容易に想定される質問や意見に対する対応を予め念頭において,それに対する回答やその後の展開をイメージしておくことも重要です。

    これができていないと,株主総会リハーサルにおいても,的確な模擬質問を提供することができません。そのためには,招集通知を株主の目線で読み込むことが重要でしょう。

    その結果として,想定されるフォローのメモを事務局担当者に用意してもらうことも必要ですし,足りないところは顧問弁護士側ですぐ入れられるようにしなくてはなりません。大きめの付箋は意外に重要なアイテムです。

    また,株主総会決議取消の重要な要因となり得るのが,会社支配に争いがあるような場面における説明義務の履行が不十分な場面です(会社法314条)。強引な総会運営は却って現経営陣に足かせとなるリスクがある一方,説明拒否が相当とされる場合も法定されており,現場の判断として質疑を打ち切ってよいかどうかの判断が最終的には顧問弁護士に求められることになります。荒れる株主総会が予想される場合には,事前に総会検査役の選任(会社法306条)を求める必要がある場合もあるでしょう。

    特に,決算内容が前期よりも振るわない場合等,株主の不平,不満が現経営陣に向けられやすい場面においては,単なる質問や意見の域を超えて,動議と見る余地のある強い意見が示されることもあります。

    もちろん,そうした場合においても,経営に対する貴重な意見として拝聴するとして聞き流すだけでよいかの確認を真っ先にすることになりますが,あくまで動議とする趣旨であれば,手続をしっかり踏まなければなりません。

    ここで重要になるのが,議長と会場の社員株主や支配株主の認識の齟齬が生じない議事運営です。一言で言えば,議長の提案には全部「はい」,「異議なし」で応えてもらえるよう,議長が議場に諮るのが適切であり,そのための問答例を準備・指導するのが顧問弁護士の役目となります。

    具体的には,「ただいま,○○様から動議として・・・との案が提案されました。これについては,後に原案先議にて採決させて頂こうと思いますが,よろしいでしょうか。」といった形でまずは動議を受け,
    次いで,採決に際しては,「本件については先ほど動議も出されました。私としては会社提案の原案が相当と考えております。皆様には原案を決議して頂くということでよろしいでしょうか。」といった諮り方がであれば,議場の株主も(それこそ緊張して何を応えてよいか分からない事態に陥っていた場合であっても)間違いなく議長の運営方針に沿った対応ができるというものです。

    近時は,反社会的勢力に対する厳しい対応が徹底していることもあり,露骨な活動をする総会屋は見なくなりましたが,むしろ一般株主の特殊化とでも言うべき傾向が見られます。

    不規則発言や議長不信任動議で総会を荒らして回ることで有名なある投資家の方を複数の会社の株主総会でお見かけしたこともあります。

    こうした場合に備えて,不規則発言を想定した総会議事運営マニュアルを作り,リハーサルしておくことが重要でしょう。

    ところで,意外に見落としがちなのが,役員らの入場と挨拶の仕方や,議長の読み上げの声の大きさやスピード等の調整,さらには事務局からのメモを入れるタイミングや方法の確認等です。リハーサルからしっかりやっておかないと,本番で失笑を買うことにもなりかねません。

    リハーサルの現場で総会資料に目を通していて,これらの点にチェックを入れられないようでは,顧問弁護士として失格というものです。

    これらは形式的なところとは言え,素人が見ても準備不足と見える場面があると,それ以外の内容面に関する準備内容全体に渡って準備不足があるのではと株主から疑義の目を向けられかねません。

    場面は違いますが,弁護士が裁判や面談に遅刻したり,準備書面案の確認を求める際に依頼者の名前を誤記していたりすると,業務全体の信頼に関わるとよく言われます。まさに,これと通じるところでしょう。

    こう書いてくると,株主総会指導と証人尋問準備で実は通じるところが大きいと感じない訳には行かなくなります。

    結局,株主総会指導のポイントは入念に準備をし,当日は冴えた頭で臨むということでしょうか。当たり前過ぎて参考にならないとしたらご容赦ください。


    田島・寺西法律事務所
    弁護士 田島 正広


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  • 2014/05/07 企業経営 「国会審議中の会社法改正案に見る社外取締役への期待と実効性」(田島正広弁護士)

    国会審議中の会社法改正案に見る社外取締役への期待と実効性

    国会審議中の会社法改正案が先般衆議院を通過し,参議院の審議に付されました。企業統治のあり方を見直し,社外取締役等の任用に期待したものですが,実効性については企業自身の受け止め方によるところが大きいと言えるでしょう。

    民主党政権時代から検討されてきた会社法改正ですが,紆余曲折を経て法案化され,先月25日衆議院にて可決の上,現在,参議院の審議に付されています。

    内閣提出法案ということで,今会期中の改正法成立が見込まれます。

    今回の会社法改正案の趣旨ですが,株式会社をめぐる最近の社会経済情勢に鑑み,社外取締役等による株式会社の経営に対する監査等の強化並びに株式会社及びその属する企業集団の運営の一層の適正化等を図るため,

    ①監査等委員会設置会社制度を創設し,
    ②社外取締役等の要件等を改め,
    ③株式会社の完全親会社の株主による代表訴訟の制度を創設し,
    ④株主による組織再編等の差止請求制度の拡充等の措置を講じたものです。

    このうち,①監査等委員会設置会社制度と②社外取締役等の要件の改正は,企業統治のあり方を再考し,社外取締役の任用による企業統治の強化に対する期待を込めたものであり,
    また,③完全親会社の株主による代表訴訟制度創設と④組織再編等の差止請求制度の拡充等は,企業統治におけるこれまでの制度の空白を埋め,より充実を図るものといえます。

    企業統治における社外取締役の役割に関して顕著なところを挙げると次の通りです。

    すなわち,監査等委員会設置会社の監査等委員である取締役は3人以上とされますが,その過半数は社外取締役とされています(会社法改正案331条6項)。

    そして,大会社で監査等委員会設置会社でない場合には監査役会設置が義務付けられるところ(会社法改正案328条),監査役会設置会社で金融商品取引法24条1項により有価証券報告書提出を義務付けられている会社は,社外取締役を置かない場合には,それを置くことが相当でない理由の開示が求められることになります(会社法改正案327条)。

    改正法案立案段階では,当初は社外取締役の選任を法的に義務づける方向で議論がなされていたのですが,それ自体は経済界の反発もあって見送りとなったこともあり,今回の改正法案では企業統治の強化には不十分との評価があります。そのる一方では,この改正法案でも上場企業に社外取締役を置くことが「事実上」義務付けられたとして一定の評価をする見解も観られるところです。

    もちろん,今回の改正後も,上場企業の多くが「社外取締役を置かないことを相当とする理由」の起案にやっきになるようでは,改正法の趣旨は空洞化されることになります。もとより,企業の置かれた現状に応じて段階的に検討されるべき事項ですから,必ずしも全ての企業に直ちにその選任を期待すべきものではないことは当然ですが,将来の方向性として社外取締役の選任を真摯な検討課題とすること自体を当然に回避するような運用は避けて頂きたいと思う次第です。

    なぜなら,企業統治の実を高めると共に,コンプライアンス遵守を徹底することの福利を享受するのは当該企業自身なのです。将来的には,当該企業の株式価値の最大化が実現することでしょうし,長期的スパンで見るとき,当該企業の永続性が実現することになるということを忘れないで頂きたいと思います。


    田島・寺西法律事務所
    弁護士 田島 正広


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  • 2014/05/02 企業経営 「ジョイント・ベンチャーに関するルールの導入におけるポイント」(寺西章悟弁護士) 

    ジョイント・ベンチャーに関するルールの導入におけるポイント

    ジョイント・ベンチャーを始めるにあたっての,ルールについて概観します。

    ジョイント・ベンチャーを始めるに当たっては、経営・運営のルールから、終了する場合のルールまで、様々なルールの導入が検討されます。

    例えば、取締役5名中、3名を甲社、2名を乙社が指名できるとしたり、特定の重要事項の決定については乙社の承諾を必須としたり、甲社が株式を第三者に譲渡しようとする場合には優先的にこれを買い取ることができる権利(先買権)を乙社に設定したりするなど、各当事者のシェア、ジョイント・ベンチャーの内容、想定される各当事者の役割・貢献度合などを考慮して、会社法と異なるルールや会社法に定めのない事項について特別なルールを合意することがあります。

    このようなルールを合意する際、ルールの内容そのものはもちろんですが、それに加え当該ルールの実効性をどのように担保するかが重要となります。

    ニーズを実現するためにどのようなルールを定めることができるか、その実効性を担保するためにどのような工夫が必要になるか、ご興味のある方はぜひお問い合わせください。


    田島・寺西法律事務所
    弁護士 寺西 章悟


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  • 2014/04/30 労働問題 『退職後の元従業員の守秘義務・競業避止義務』(田島正広弁護士)

    退職後の元従業員の守秘義務・競業避止義務

    Q 退職した元従業員に守秘義務・競業避止義務を負わせることは有効でしょうか。

    A 営業上の利益ないし秘密保護の合理性・必要性・重要性と元従業員に対する制約の程度等次第で,有効と解される場合があります。

    退職後の元従業員に対する守秘義務・競業避止義務の有効性については,会社側の情報管理の合理性・必要性・重要性と元従業員の職業選択の自由とが衝突する場面であり,その有効性については裁判例上も慎重な判断が求められています。

    まず競業避止義務については諸々の裁判例がありますが,日本コンベンションサービス事件(最判平成12年6月16日)で最高裁が示したところは,次の通りです。

    すなわち,
    「一般に,労働者は,労働契約が終了すれば,職業選択の自由として競業行為を行うこともできるのであるから,労働契約が終了した後まで競業避止義務を当然に負うものではない。
    しかし,他方,使用者は,労働者が使用者の営業秘密に関わっていた場合,自己の営業秘密を守るため,退職後も労働者に競業避止義務を課す必要があり,就業規則で,このような規定を設けることにも,一応の合理性が認められる。
    したがって,従業員に対し,退職後一定期間競業避止義務を課す規定も有効と考えるべきであるが,その適用に当たっては,規定の趣旨,目的に照らし,必要かつ合理的な範囲に限られるというべきである。
    そして,この点を判断するに当たっては,これによって保護しようとする営業上の利益の内容,殊に,それが企業上の秘密を保護しようとするものか,それに対する従業員の関わり合い,競業避止義務を負担する期間や地域,在職中営業秘密に関わる従業員に対し代償措置が取られていたかどうかなどを考慮すべきである。」

    これを受けた近時の裁判例は,さらに踏み込んで次のように判示しています。

    すなわち,
    「従業員と使用者との間で締結される,退職後の競業避止に関する合意は,その性質上,十分な協議がされずに締結される場合が少なくなく,また,従業員の有する職業選択の自由等を,著しく制約する危険性を常にはらんでいる点に鑑みるならば,競業避止義務の範囲については,従業員の競業行為を制約する合理性を基礎づける必要最小限の内容に限定して効力を認めるのが相当である。
    そして,合理性を基礎づける必要最小限の内容の確定に当たっては,従業員が就業中に実施していた業務の内容,使用者が保有している技術上及び営業上の情報の性質,使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等,諸般の事情を総合して判断すべきである。
    上記の観点に照らすならば,従業員が,使用者の保有している特有の技術上又は営業上の情報等を用いることによって実施される業務が競業避止義務の対象とされると解すべきであり,従業員が就業中に得た,ごく一般的な業務に関する知識・経験・技能を用いることによって実施される業務は,競業避止義務の対象とはならないというべきである。」(東京地判平成17年2月23日)。

    ここで認定されているように,競業避止義務の効力が及ぶかどうかは,元従業員の就業中の実施業務の内容,使用者の保有している技術上及び営業上の情報の性質,使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等,諸般の事情を総合して判断することになりますが,その際,禁止の範囲の広狭,地域的限定の有無,期間の長短も重要な要素となります。

    そこで,会社側からすれば,せっかく締結した競業避止契約が有効と解釈されるよう,会社の業務の実情に応じた内容に極力限定した競業避止契約を締結すべきといえるでしょう。

    その際,代償措置の十分性も問われることになります。

    裁判例上は退職金規程に従った退職金の十分な給付の有無も含めて,判断がなされています。

    これに対して,退職後の元従業員の守秘義務に関しては,営業秘密の観点から争われることが多いこともあってか裁判例は少ないですが,ダイオーズサービシーズ事件(東京地裁平成14年8月30日判決)が次のように判示しています。

    すなわち,
    「本件誓約書に基づく合意は,原告に対する『就業期間中は勿論のこと,事情があって貴社を退職した後にも,貴社の業務に関わる重要な機密事項,特に“顧客の名簿及び取引内容に関わる事項”並びに“製品の製造過程,価格等に関わる事項”については一切他に漏らさないこと』という秘密保持義務を被告に負担させるものである。
    このような退職後の秘密保持義務を広く容認するときは,労働者の職業選択又は営業の自由を不当に制限することになるけれども,使用者にとって営業秘密が重要な価値を有し,労働契約終了後も一定の範囲で営業秘密保持義務を存続させることが,労働契約関係を成立,維持させる上で不可欠の前提でもあるから,労働契約関係にある当事者において,労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は,その秘密の性質・範囲,価値,当事者(労働者)の退職前の地位に照らし,合理性が認められるときは,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。
    本件誓約書の秘密保持義務は,『秘密』とされているのが,原告の業務に関わる『重要な機密』事項であるが,企業が広範な分野で活動を展開し,これに関する営業秘密も多種多様であること,『特に“顧客の名簿及び取引内容に関わる事項”並びに“製品の製造過程,価格等に関わる事項”』という例示をしており,これに類する程度の重要性を要求しているものと容易に解釈できることからすると,本件誓約書の記載でも『秘密』の範囲が無限定であるとはいえない。
    また,原告の『“顧客の名簿及び取引内容に関わる事項”並びに“製品の製造過程,価格等に関わる事項”』は,マット・モップ等の個別レンタル契約を経営基盤の一つにおいている原告にとっては,経営の根幹に関わる重要な情報であり,これを自由に開示・使用されれば,容易に競業他社の利益又は原告の不利益を生じさせ,原告の存立にも関わりかねないことになる点では特許権等に劣らない価値を有するものといえる。
    一方,被告は,原告の役員ではなかったけれども,埼玉ルートセンター所属の『ルートマン』として,埼玉県内のレンタル商品の配達,回収等の営業の最前線にいたのであり,『“顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程,価格等に関わる事項”』の(埼玉県の顧客に関する)内容を熟知し,その利用方法・重要性を十分認識している者として,秘密保持を義務付けられてもやむを得ない地位にあったといえる。
    このような事情を総合するときは,本件誓約書の定める秘密保持義務は,合理性を有するものと認められ,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」

    ここでは,退職後の元従業員の在職中の地位・担当業務,秘密への関与度,当該秘密の事業運営上の重要性等を勘案しつつ,職業選択の自由に対する一定の制約を課すことの合理性を慎重に判断しているということができます。

    秘密の意義に関する例示列挙に対する裁判上の評価や,利益衡量の手法等実務上参考になるところは大きいといえます。


    田島・寺西法律事務所
    弁護士 田島 正広


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  • 2014/04/28 知的財産 『特許発明の共同研究開発における留意点』(田島正広弁護士)

    特許発明の共同研究開発における留意点

    特許発明の共同研究開発を行うに際しての留意点について,以下概論します。

    1 共同研究開発と独占禁止法

    共同研究開発は,
    ①研究開発のコスト軽減,リスク分散又は期間短縮
    ②異分野の事業者間での技術等の相互補完等
    により研究開発活動を活発で効率的なものとし,技術革新を促進するものであって,多くの場合競争促進的な効果をもたらしますが,しかし,それは複数の事業者による行為であることから,研究開発の共同化によって市場における競争が実質的に制限される場合もあり得ないではありません。

    また,共同研究開発それ自体には問題がないとしても,その実施に伴う取決めによって,参加者の事業活動を不当に拘束し,共同研究開発の成果である技術の市場やその技術を利用した製品の市場における公正な競争を阻害するおそれを生じる場合も懸念されます。

    そこで,共同研究開発が競争を阻害することなく,競争を一層促進するものとして実施されることを期待して,「共同研究開発に関する独占禁止法上の指針」(以下,「共同研究開発指針」という)が公表されるに至っています(平成5年4月20日制定,同17年6月29日及び22年1月1日改定)。

    共同研究開発指針は,基礎研究,応用研究及び開発研究の全ての段階における共同研究開発に適用されます。また,この指針により共同研究開発に関する独占禁止法上の問題が判断されるのは,原則として共同研究開発契約締結時点ですが,共同研究開発の成果の取扱い等について,その時点においては定められない場合には,それらが取り決められた時点で独占禁止法上の問題が判断されることになります。

    2 研究開発の共同化に対する独占禁止法の適用について

    研究開発の共同化に対する独占禁止法違反の判断に当たっては,
    ①参加者の数,市場シェア等
    ②研究の性格
    ③共同化の必要性
    ④対象範囲,期間等
    を総合的に勘案することになります。

    なお,上記の問題が生じない場合であっても,参加者の市場シェアの合計が相当程度高く,規格の統一又は標準化につながる等の当該事業に不可欠な技術の開発を目的とする共同研究開発において,ある事業者が参加を制限され,これによってその事業活動が困難となり,市場から排除されるおそれがある場合に,例外的に研究開発の共同化が独占禁止法上問題となることがあります(私的独占等)。

    3 共同研究開発の実施に伴う取り決めに対する独占禁止法の適用について

    共同研究開発の実施に伴う取決めが市場における競争に影響を及ぼし,独占禁止法上問題となる場合があります。

    すなわち,当該取決めによって,参加者の事業活動を不当に拘束し,公正な競争を阻害するおそれがある場合には,その取決めは不公正な取引方法として独占禁止法19条の問題となります。

    また,製品市場において競争関係にある事業者間で行われる共同研究開発において,当該製品の価格,数量等について相互に事業活動の制限がなされる場合には,主として独占禁止法3条(不当な取引制限)の観点から検討されることになります。

    (1) 共同研究開発の実施に関する事項

    原則として不公正な取引方法に該当しないと認められる事項としては,
    ①研究開発の目的,期間,分担等(業務分担,費用負担等)を取り決めること
    ②共同研究開発のために必要な技術等(知見,データ等を含む。以下同じ。)の情報(共同研究開発の過程で得られたものを含む。以下同じ。)を参加者間で開示する義務を課すこと
    ③(②で)他の参加者から開示された技術等の情報に関する秘密を保持する義務を課すこと
    等が挙げられます。

    他方,不公正な取引方法に該当する虞がある事項としては,
    ①技術等の流用防止のために必要な範囲を超えて,共同研究開発に際して他の参加者から開示された技術等を共同研究開発以外のテーマに使用することを制限すること
    ②共同研究開発の実施のために必要な範囲を超えて,共同研究開発の目的とする技術と同種の技術を他から導入することを制限すること
    が挙げられます。

    また,不公正な取引方法に該当する虞が強い事項としては,紛争防止や共同研究開発への専念に必要な範囲を超えて,
    ①共同研究開発のテーマ以外のテーマの研究開発を制限すること
    ②共同研究開発のテーマと同一のテーマの研究開発を共同研究開発終了後について制限すること
    ③既有の技術の自らの使用,第三者への実施許諾等を制限すること
    ④共同研究開発の成果に基づく製品以外の競合する製品等について,参加者の生産又は販売活動を制限すること(一般指定第12項(拘束条件付取引))等
    が挙げられます。

    (2) 共同研究開発の成果である技術に関する事項

    原則として不公正な取引方法に該当しないと認められる事項としては,
    ①成果の定義又は帰属を取り決めること
    ②成果の第三者への実施許諾を制限すること
    ③成果の第三者への実施許諾に係る実施料の分配等を取り決めること
    ④成果に係る秘密を保持する義務を課すこと
    ⑤成果の改良発明等を他の参加者へ開示する義務を課すこと又は他の参加者へ非独占的に実施許諾する義務を課すこと
    が挙げられます。

    これに対して,不公正な取引方法に該当する虞が強い事項としては,
    ①成果を利用した研究開発を制限すること(参加者の研究開発活動を不当に拘束するものとして公正競争阻害性が強い(一般指定第12項(拘束条件付取引))
    ②成果の改良発明等を他の参加者へ譲渡する義務を課すこと又は他の参加者へ独占的に実施許諾する義務を課すこと(一般指定第12項(拘束条件付取引))
    が挙げられます。

    (3) 共同研究開発の成果である技術を利用した製品に関する事項

    原則として不公正な取引方法に該当しないと認められる事項としては,
    ①成果であるノウハウの秘密性を保持するために必要な場合に,合理的な期間に限って,成果に基づく製品の販売先について,他の参加者又はその指定する事業者に制限すること
    ②成果であるノウハウの秘密性を保持するために必要な場合又は成果に基づく製品の品質を確保することが必要な場合に,合理的な期間に限って,成果に基づく製品の原材料又は部品の購入先について,他の参加者又はその指定する事業者に制限すること
    ③成果に基づく製品について他の参加者から供給を受ける場合に,成果である技術の効用を確保するために必要な範囲で,その供給を受ける製品について一定以上の品質又は規格を維持する義務を課すこと
    が挙げられます。

    ①及び②で,「合理的な期間」は,リバース・エンジニアリング等によりその分野における技術水準からみてノウハウの取引価値がなくなるまでの期間,同等の原材料又は部品が他から入手できるまでの期間等により判断されます。

    他方,不公正な取引方法に該当する虞がある事項としては,
    ①成果に基づく製品の生産又は販売地域を制限すること
    ②成果に基づく製品の生産又は販売数量を制限すること,並びに,上記例外事由によることなく(→③~⑤)
    ③成果に基づく製品の販売先を制限すること
    ④成果に基づく製品の原材料又は部品の購入先を制限すること
    ⑤成果に基づく製品の品質又は規格を制限すること
    が挙げられます。

    また,不公正な取引方法に該当する虞が強い事項としては,成果に基づく製品の第三者への販売価格を制限することが挙げられます(一般指定第12項(拘束条件付取引)。


    田島・寺西法律事務所
    弁護士 田島 正広


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