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  • 2021/10/13 企業経営 改正公益通報者保護法に基づき事業者がとるべき措置に関する指針の公表と実務上の留意点(田島正広弁護士)

    改正公益通報者保護法に基づき事業者がとるべき措置に関する指針の公表と実務上の留意点

    1 はじめに
    公益通報者保護法の改正を受けて,消費者庁から,公益通報者保護法第11条第4項の規定に基づき,公益通報対応業務従事者の定め(同条第1項)及び事業者内部における公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置(同条第2項)に関し,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針が公表されました(令和3年8月20日内閣府告示第118号)。 今後,これに基づく解説が公表される予定ですが,ここでは,指針に基づき実務的に求められる対応のポイントを,事業者の立場に立って概説します。

    2  従事者の定め(法第11条第1項)に関して
    指針は第3項において,従事者の定めとして次の通り定めています。

    1 事業者は、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通 報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として定めなければならない。

    2 事業者は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならない。


    【解説】
    改正法は,公益通報対応業務を行う者であり,かつ当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者(以下,「公益通報対応業務従事者」といいます)に対しては,正当な理由なくして当該業務に関して知り得た事項で通報者を特定させるものを漏えいしてはならないとし(法12条),違反行為に対しては30万円以下の罰金を科すものとしています(法21条)。
    この義務と責任を科せられる主体となることを本人に明確に認識させることを事業者に求めるのが本項の趣旨です。
    公益通報対応業務従事者が通報者を特定可能な情報を漏えいさせることは,通報者の特定とその不利益処分を誘発する虞のあるもので,公益内部通報制度の健全な運用を阻害するものとして,刑事罰をもってそれを阻止しようとする趣旨は正当ですが,従事者に過酷な結果とならないよう事業者としての準備対応が必要です。

    【重要ポイント1 公益通報対応業務従事者の業務フローの明確化】
    公益通報対応業務従事者に,この義務と責任を科す前提として,公益通報対応業務従事者にその地位にあることの認識を明確に持たせることはもちろん,どのような業務処理を行えば通報者特定可能情報の漏えいとならないか,その業務フローを明確化し,そのモデルを示すことが事業者として求められます。消費者庁が今後示す解説や資料を踏まえて,Q&A等を作成して教育・研修を行うことも重要です。


    3  部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備(法第11条第2項)に関して
    指針は,第4項1において,上記体制整備として次の通り定めています。

    (1) 内部公益通報受付窓口の設置等
    内部公益通報受付窓口を設置し、当該窓口に寄せられる内部公益通報を受け、調査をし、是正に必要な措置をとる部署及び責任者を明確に定める。

    (2) 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置
    内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に係る公益通報対応業務に関して、組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置をとる。

    (3) 公益通報対応業務の実施に関する措置
    内部公益通報受付窓口において内部公益通報を受け付け、正当な理由がある場合を除いて、必要な調査を実施する。そして、当該調査の結果、通報対象事実に係る法令違反行為が明らかになった場合には、速やかに是正に必要な措置をとる。また、是正に必要な措置をとった後、当該措置が適切に機能しているかを確認し、適切に機能していない場合には、改めて是正に必要な措置をとる。

    (4) 公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置
    内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関し行われる公益通報対応業務について、事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置をとる。


    【解説】
    内部公益通報受付窓口の設置に際し,是正に必要な措置を執る部署と責任者を明確に定めることはその出発点です。組織の長・幹部に関わる事案での独立性の確保もまた,通報調査を機能させるために不可欠です。事案関係者の利益相反の観点からの排除も同様です。通報に対応して必要な調査を実施し,判明した法令違反等に対する速やかな是正措置と事後の機能状況の確認等も通報制度としてのいわばパッケージと言えます。

    【重要ポイント2 通報対応サブラインの必要性】
     組織の長・幹部に関わる場面として究極の場面は経営トップの不正となります。その時でも機能する調査体制とは監査役(あるいは監査等委員たる取締役)による調査体制です。事業者としては,経営の根幹に関わる事案・経営トップに関わる事案対応のための通報対応サブラインとして監査役ルートを設置し,規程上もその要件を定めるべきでしょう。

    【重要ポイント3 通報を将来に活かす姿勢の重要性】
    通報に基づく調査の結果,法令違反等の対象事実が判然としないことは,むしろよくあることです。その際に,単に通報対象事実が存在しないことをもって対応を完了するのではなく,今後に備えてガバナンスのあり方を再検討することが重要です。例えば,取引先にキックバックを要求している疑念がある場合に,単独交渉を許さないこととし,交渉メールのCCに担当課の別の社員を入れるよう運用を変えることで,そのような要求は事実上難しくなる可能性があります。あるいは,パワハラに関する通報は間々観られますが,それに該当しないとの事例判断であっても,穏当ではない言動が精神的苦痛を与えかねないことを社内研修等で広く浸透させるだけで将来のパワハラは抑止できる可能性が高まります。内部公益通報を将来のガバナンス向上とコンプライアンス堅持に活かす姿勢が重要です。


    4  公益通報者を保護する体制の整備(法第11条第2項)に関して
    指針は,第4項2において,上記体制整備として次の通り定めています。

    (1) 不利益な取扱いの防止に関する措置
    イ 事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、不利益な取扱いを把握した場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
    ロ 不利益な取扱いが行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。

    (2) 範囲外共有等の防止に関する措置
    イ 事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
    ロ 事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる。
    ハ 範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。


    【解説】
    内部公益通報に起因する不利益取扱いを防止し通報者を保護することは,内部公益通報制度を活かすための生命線と言うべきものです。また,公益内部通報に関する情報の範囲外共有は,通報者探索,ひいては通報者に対する不利益処分の誘因ともなりやすいものです。いずれも社内規程で明確にこれを制限すると共に,違反行為に対する懲戒処分その他の適切な措置が執れるよう体制整備をしなくてはなりません。これらが許されないことを経営トップのメッセージとして事業者内に浸透させることも重要です。

    【重要ポイント4 情報共有範囲の明確化】
    そもそも通報対応に必要な情報共有の範囲がどの範囲なのか,その主体,情報内容の範囲を,事前に明確に定めることが出発点となります。主体の点では,通報対応・調査に関与する担当者は担当部署において一般に定められていることと思料しますが,事案の関係者として利益相反の観点から関与できない場合もあり,事案毎に情報共有範囲を明確化する作業が必要となります。
    また,情報内容の点では,通報者との直接の連絡の必要性,調査の際の事実関係把握の必要性等の点で,必要な情報は異なり得るので,不必要に広範な情報を共有するべきではないでしょう。必要性のない範囲では内部公益通報者が特定されないよう匿名化して業務処理を行うことも,その特定による不利益処分防止のためには重要です。

    5  内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置(法第11条第2項)に関して
    指針は,第4項3において,上記措置として次の通り定めています。

    (1) 労働者等及び役員並びに退職者に対する教育・周知に関する措置
    イ 法及び内部公益通報対応体制について、労働者等及び役員並びに退職者に対して教育・周知を行う。また、従事者に対しては、公益通報者を特定させる事項の取扱いについて、特に十分に教育を行う。
    ロ 労働者等及び役員並びに退職者から寄せられる、内部公益通報対応体制の仕組みや不利益な取扱いに関する質問・相談に対応する。

    (2) 是正措置等の通知に関する措置書面により内部公益通報を受けた場合において、当該内部公益通報に係る通報対象事実の中止その他是正に必要な措置をとったときはその旨を、当該内部公益通報に係る通報対象事実がないときはその旨を、適正な業務の遂行及び利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において、当該内部公益通報を行った者に対し、速やかに通知する。

    (3) 記録の保管、見直し・改善、運用実績の労働者等及び役員への開示に関する措置
    イ 内部公益通報への対応に関する記録を作成し、適切な期間保管する。
    ロ 内部公益通報対応体制の定期的な評価・点検を実施し、必要に応じて内部公益通報対応体制の改善を行う。
    ハ 内部公益通報受付窓口に寄せられた内部公益通報に関する運用実績の概要を、適正な業務の遂行及び利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において労働者等及び役員に開示する。

    (4) 内部規程の策定及び運用に関する措置
    この指針において求められる事項について、内部規程において定め、また、当該規程の定めに従って運用する。


    【解説】
    内部公益通報対応体制を実効的に機能させるためには,労働者等,役員,退職者に対する適切な教育・周知とその質問・相談への対応は不可欠です。また,内部公益通報対応による調査結果の通報者へのフィードバックは,通報で指摘された事実についての事業者としての調査結果を明確にして事案解決を図ると共に,適切な通報対応実施のための制度的担保とも言うべきものです。さらに,通報対応に関する記録の作成,保管は,通報対象事実及び通報対応に関する紛争に備えると共に事業者としての適切な通報対応の証明手段として重要です。対応体制の定期的な評価・点検は内部公益通報体制の改善に不可欠なものであり,また,運用実績の概要の労働者等及び役員への開示は,制度運用状況の確認と共に,通報者を特定されることなく調査が実施され事案解決に至った前例を通じて,制度への信頼感醸成の基礎となるべきものです。


    【重要ポイント5 内部公益通報の記録作成と運用実績開示の実効性向上】
    指針は,不利益取扱い及び範囲外共有防止のための措置を定め,それらの事態に際しては適切な救済・回復措置と違反に対する懲戒処分等の措置を求めています(第4項2)。したがって,通報対応においては,これらの措置の実施状況をもチェックすると共に記録化することで,制度の適正な運用状況の継続的確認が可能となり,後の制度改善にも活かされることになります。また,制度の運用実績の開示に当たっても,上記遵守状況は不利益処分の虞から通報をためらう可能性のある社員がまさに知りたい情報なのであり,これを含めた開示がなされることで,制度への信頼感はより効果的に高まると思料されます。


    6 終わりに
    内部公益通報制度は,不祥事の早期発見と自浄のために必要かつ極めて有益な制度です。その運用に際しては,通報対象事実の存否に着眼した調査を形式的に行うだけではなく,調査を契機に判明する課題にも目を向けることが重要です。また,通報対象事実が認定できない場合,当該結論をもって通報調査としては一段落するとはいえ,通報対応としては通報を将来に活かす姿勢に立ち,業務フローの変更や社内アンケート,研修の実施等による業務改善を行うことでガバナンス,コンプライアンスのあり方の再検討に繋げるべきものです。通報制度が機能することによる福利は,事業者内外の様々なステークホルダーに及ぶことを忘れては行けません。
    以上



    弁護士 田島 正広


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  • 2021/08/12 企業経営 公益通報者保護法改正の概要とポイント(2020年(令和2年)改正法) (田島正広弁護士)

    公益通報者保護法改正の概要とポイント(2020年(令和2年)改正法)

    公益通報者保護法は,公益通報者を社内の不利益処分から保護すると共に,国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り,国民生活の安定及び社会経済の健全な発展を実現するものです(法1条)。 同法は,2004年(平成16年)に公布され,2006年(平成18年)から施行されていますが,しかし,その後も法人,組織の不祥事の隠ぺいは後を絶たず,また公益通報者に対する不利益処分も散見される状況が続いています。そこで,公益通報者の保護をより確実にし,公益通報制度の実効性を高め,不祥事の早期是正と被害防止を実現するため,2020年(令和2年)同法は改正されました(2年以内に施行予定)。以下にその概要を紹介します。

    1 2020年(令和2年)改正法の概要

    同改正法の概要(消費者庁ウェブサイト)によれば,改正の基本的視点は次の通りです。

    ① 事業者自ら不正を是正しやすくするとともに,安心して通報を行いやすくすること
    ② 行政機関等への通報を行いやすくすること
    ③ 通報者がより保護されやすくすること

    これを制度の改善点毎に考察すると,講学上次の通り分析されています。

    (1)【公益通報の範囲の拡大】 
    ・公益通報の主体に退職者、役員を追加しました。

    ・通報対象事実に過料の対象となる行為及び本法違反行為を追加しました。

    ・2号通報(監督行政機関への通報)通報先に行政機関が予め定めた者(=外部委託先)を追加しました。

    (2)【公益通報者保護の拡充】
    ・労働者による2号通報では、真実相当性がなくとも一定事項を記載した書面を提出すれば保護します。
    ・労働者による3号通報(第三者への通報)では、通報者情報漏えい、重大な財産被害に相当の理由がある場合を保護します。
    ・退職者・役員を不利益処分から保護し、通報により解任された役員には損害賠償請求権を認めました。
    ・通報を理由とする通報者の損害賠償義務を免責しました。

    (3)【事業者・行政機関の措置の拡充】
    ・事業者に通報対応業務従事者設置義務、同従事者に守秘義務を課しました。
    ・行政機関に2号通報への調査・適当な措置、体制整備を義務付けました。

    参照:NBL No.1177 4頁以下



    2 改正法のポイント

    (1) 公益通報の範囲の拡大
    ① 公益通報の主体の拡大(法2条1項1号、同条2項4号)
    ・通報制度の実効化への期待から、退職者(「労働者であった者」)を退職後1年に限り公益通報の主体に加えて不利益処分(ex.退職金不支給)から保護することとしました(法2条1項1号)。
    ・組織内での対応の限界と通報による解決への期待から、「法令の規定に基づく」「法人の役員」を公益通報の主体に加えて不利益処分(解任を除く)から保護することとしました(法2条2項4号)。解任時には損害賠償請求権を認めています(法6条)。会計監査人は独立的であることから対象外とされました。

    ② 通報対象事実の拡大(法2条3項1号)
    ・通報制度による法令違反行為是正の推進への期待から、通報対象事実に刑事罰対象行為のみならず過料対象行為を加えました。命令違反が対象となる行為も刑事罰同様含まれます(法2条3項1号)。
    ・通報制度の実効化の観点から導入された公益通報対応業務従事者の守秘義務(法12条)、事業者の報告義務(法15条)の違反行為も罰金(法21条,12条)、過料(法22条、15条)が課せられることとなったことから、これらの義務違反行為も通報対象事実に含まれることとなりました(法2条3項1号)。
    【重要ポイント1】社内外の通報窓口に公益内部通報を行った結果,公益通報対応業務従事者が通報者を特定可能な事項を情報共有すべき範囲を超えて拡散させて通報者が所属部署内でも特定されてしまった場合,これ自体もまた公益通報者保護制度が対象とする通報対象事実となります。通報の取り扱いへの細心の注意が必要とされます。

    ③ 2号通報の通報先の拡大(法2条1項柱書)
    ・監督官庁が2号通報の外部窓口を設置することができるよう、監督権限のある「行政機関があらかじめ定めた者」を2号通報の通報先に追加しました(法2条1項柱書)。


    (2) 公益通報者保護の拡充
    ① 労働者による2号通報の要件緩和(法3条2号)
    ・事業者の経営陣の不正の場合1号通報(組織内及び指定窓口への通報)の機能不全が懸念され、2号通報への期待も高まるところ、行政機関職員には職務上の守秘義務があり、情報漏えいの虞も少ないことから、保護要件を緩和しました。真実相当性がない場合であっても、通報対象事実が生じ、または生じようとしていると思料し、かつ以下の事項を記載した書面(電子メール含む)を提出した場合を保護対象に加えています(法3条2号)。
     (イ)公益通報者の氏名又は名称及び住所又は居所
     (ロ)当該通報対象事実の内容
     (ハ)上記思料の理由
     (ニ)当該通報対象事実について法令に基づく措置等適当な措置がとられるべきと思料する理由
    重要ポイント2】行政機関への公益通報がよりしやすくなることが想定されるので,企業等としては,より一層不祥事の早期発見,撲滅に真剣に取り組むことが求められることになります。同時に,1号通報による自浄機能を維持・発展させるためには,1号通報をより利用しやすくすると共に,通報者の保護を図り,その運用実績に基づく社員の安心感,信頼感を高めて,社員に1号通報を選択してもらえるような機運を醸成することが重要です。

    ② 労働者による3号通報の要件緩和(法3条3号)
    ・通報者探しによる不利益取扱いへの懸念がある場合でも通報制度を機能させるため、1号通報をすれば、「役務提供先が、当該公益通報者について知り得た事項を、同人を特定させると知りながら、正当理由なく漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合」を3号通報として保護することとしました(法3条3号ハ)。
    【重要ポイント3】公益通報者の保護が期待できない法人,組織においては,組織外の第三者への通報が容認されることになります。自浄の機会を確保するためには,日頃から公益内部通報者保護制度を適切に運用し,その実績を社内外に公表して,不利益取扱いへの懸念を払拭しておくことが重要です。
    ・法益侵害の重大性に鑑みて、個人の生命・身体に対する危害のみならず、個人の財産に対する損害についても、その発生又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合を保護対象に加えました(法3条3号ヘ)。

    ③ 退職者・役員の不利益取扱いからの保護(法5条1項及び3項、6条)
    ・公益通報の主体に加えられた退職者・役員に対する通報を理由とする不利益取扱い禁止を禁止しました(法3条3号ハ)。
      ex) 退職者→退職金の不支給,
          役員→報酬の減額、取締役会通知の不送付
    【重要ポイント4】組織に所属している限りは人間関係もあって内部通報がはばかられることも時に懸念されますが,退職者となれば,自由にモノが言える立場になることが多いでしょう。退職した今だから言えることを聞き出すことは,コンプライアンス体制の堅持には非常に有益な手段と言えます。退職理由の本音の部分が,実は法令,企業倫理違反行為に関連している可能性は否定できません。
    ・役員は事業者と委任・準委任関係にあり、信頼関係が失われれば解任はやむを得ませんが(法5条3項で保護対象から除外)、通報を躊躇させないよう公益通報を理由とする解任による損害賠償請求権を保障しました(法6条)。

    ④ 通報を理由とする損害賠償義務の免責(法7条)
    ・公益通報による事業者の名誉、信用等の損害賠償義務を懸念して通報を躊躇しないよう、労働者・退職者・役員の全てにつき法3条・6条による通報を理由とする損害賠償義務を免責しました(法7条)。
    ・免責の対象は、債務不履行、不法行為その他一切の請求権に及びます。


    (3) 事業者・行政機関の措置の拡充
    ① 事業者の取るべき措置義務(法11条)
    ・事業者は、1号通報を受け、通報対象事実の調査を行い、その是正に必要な措置を取る業務に従事する者(「公益通報対応業務従事者」)を定めなければなりません(法11条1項)
    ≫従事者以外への通報でも1号通報としての対応が必要となります。
    ・事業者は、1号通報に応じ、適切に対応するために必要な体制整備等の措置を取らなければなりません(法11条2項)。
    ・従事者を定める義務(同条1項)及び1号通報対応措置を取る義務(同条2項)は、常時使用する労働者数が300人以下の事業者では、努力義務とされています(同条3項)。
    ・各義務につき内閣総理大臣の指針が策定されることになります(同条4項)。
    ・各義務は内閣総理大臣(消費者庁長官に委任)による助言、指導、勧告の対象となり(法15条)、常時使用労働者300人超の場合は勧告違反が公表対象となります(法16条)。

    ② 公益通報対応業務従事者の義務(法12条)
    ・通報者が特定されることを懸念して1号通報を躊躇しないよう、公益通報対応業務従事者(退任者含む)は、正当理由なくして当該業務に関して知り得た事項で通報者を特定させるものを漏えいしてはならないとされます(法12条)。
    ≫当該業務と無関係に偶然に聞きつけた情報は対象外とされます。
    ≫「通報者を特定させるもの」かどうかは、実際に通報者が特定可能かどうかによります。
    ex) 通報のあった部門に女性職員が1名のみであれば、女性職員であることをもって特定可能と判断されるでしょう。
    【重要ポイント5】社内外の公益通報対応業務従事者としては,法人,組織内での公益内部通報の報告に際して,実際に特定不可能な内容での報告が求められることになります。通報対象事実の内容次第では,当該事実の発生した部署を具体的に特定しての報告が難しい場合も考えられます。書式の形式的運用ではなく,通報者の実際上の特定可能性を踏まえた慎重な個別具体的判断が求められます。
    ・通報窓口担当者でも公益通報対応業務従事者として定められていなければ本義務を負いません(この場合、事業者は同従事者を定める義務の違反となります)。
    ・本義務の違反には、30万円以下の罰金が科せられます(法21条)。

    ③ 公益通報対応業務従事者の義務(法13条)
    ・監督官庁は、2号通報対応義務(法13条1項)の適切な実施のために、2号通報に応じ、適切に対応するために必要な体制整備等の措置を取らなければならないものとされます(法13条2項)。
    ≫措置の内容については各行政機関に委ねることとして、内閣総理大臣による指針の対象外とされています。

    参照:消費者庁ウェブサイト,NBL No.1177 4頁以下



    3 改正法を踏まえた内部通報制度の運用のあり方

    公益通報者保護法は,企業不祥事の実態に即した制度改善に向けて改正されました。その際,上述したように,通報制度の運用上通報者保護の観点に細心の注意を払うことが求められるに至っています。内部通報制度(i) は企業統治の重要手段であり,取締役・監査役の善管注意義務を企業統治の場面で具体化する内部統制システム構築義務の履行場面となります。したがって,その実効的な運用は,善管注意義務の履行として不可欠なのです。

    内部通報制度をコンプライアンスらしさの隠れ蓑として,形式的に名ばかり運用しようとする事業者はもはや存在しないことと信じますが,むしろ通報者保護を確実にして社内の安心感,信頼感を高めることで,通報制度の積極展開を図り,不祥事に対する自浄をより確実なものとすることができれば,市場からのコンプライアンスへの信頼はより高められることにもなります。コンプライアンス違反への社会批判の高まりは,企業価値算定においてコンプライアンス堅持が不可欠の重要要素であることを意味します。公益内部通報制度の積極的展開は全てのステークホルダーにとって有益でこそあれ不利益となることはありません。

    以上


    ----------------------------------------------------------
    (i) 現在検討中の公益通報者保護法に基づく指針案では「内部公益通報制度」と呼ばれる。


    弁護士 田島 正広


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  • 2020/06/15 企業経営 新型コロナウイルス感染症の感染防止と株主総会当日の運営(秋山周弁護士)

    新型コロナウイルス感染症の感染防止と株主総会当日の運営

    Q 新型コロナウイルス感染症が流行していますが,株主総会を例年と同じ時期に開催することとしております。総会当日はコロナ対策としてどのようなことが考えられるでしょうか。


    A 株主総会がクラスター発生の場とならないように,総会当日は以下の①から⑤の観点について,以下に記載のような対応を行うことが考えられます。
    ①会場設営
    ②受付対応の簡略化
    ③会場スタッフの感染防止策
    ④発熱や咳などの症状を有する株主への対応(入場自粛,退場要請)
    ⑤総会開催時間の短縮のための工夫
     なお,本年6月の株主総会では導入が難しいかと思われますが,今後インターネット等を用いた株主総会の導入も考えられます。


    (1)はじめに

     新型コロナウイルス感染症の感染防止のため,全国で緊急事態宣言がなされている状況において,施設の利用やイベントの中止が呼びかけられています。
     このような状況の中で,クラスター発生を防止するために今までのような株主総会の運営を見直す必要性が高まっております。
     そこで,株主総会の運営にあたって企業として取り得る対応について以下ご紹介致します。
     なお,経済産業省及び法務省の「株主総会運営に係るQ&A」においても新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点からの株主総会の運営について記載されているためご参照ください(https://www.meti.go.jp/covid-19/kabunushi_sokai_qa.html)。


    (2)総会当日の運営に係る対応

     株主総会の会場における運営においては,会社は感染拡大のリスクを低下させ,株主等が新型コロナウイルス感染症に罹患しないように配慮する必要があります。

     1. 会場設営

      三密対策として株主席の配置の間隔を広くとって株主が密集しないように配慮し,また,株主が前方に固まって着席することなどもないように促すことが考えられます。
      加えて,株主総会会場のテーブル,イス,マイクの消毒及び換気扇を付けるなど会場の換気をすること等が考えられます。
      他にも,会場入口に,アルコール消毒剤等を設置することや,マスクの着用の要請,マスクを持参していない株主に対するマスクの提供をすることが考えられます。

      また,マイクについては,ハンディタイプではなく,スタンドタイプを用意して,スタンドマイクの周りは広く空間を取り,発言が終わるごとにスタッフにて消毒を行うことがよいと考えられます。

      なお,総会終了後,株主の退場時には,退場者が密集しないように配慮し,あらかじめ指定した座席のブロックごとに時間差で退場して頂くよう誘導する等の準備をしておくことが考えられます。

     2. 受付対応の簡略化

      株主総会の開催時間の直前には来場者が集中し,入場待ちの株主が滞留して列などができてしまう可能性があります。
      そのような事態を避ける一つの工夫として,議決権行使書と引替えに入場票を渡すことを省略し,入口にてスタッフに議決権行使書を掲げて呈示することのみを求め,スタッフは株主の議決権行使書に目を通すことで入場を認めることも考えられます。

     3. 会場スタッフの感染防止策

      株主総会の受付担当者,会場担当者は,受付事務などを通して多くの株主と対面し,会話をする機会が生じるため,マスクや場合によってはフェイスガードなどを装着し,感染防止策を図ることが考えられます。
      加えて,咳やくしゃみなどの症状があるにもかかわらずマスクの着用を拒否する株主に対応するため,飛沫がスタッフに飛散しないように接触防止のための透明ボードやビニールカーテンを受付に設置することも考えられます。

      また,スタッフも手指などの消毒を徹底し,検温を行ってから総会運営に取り組むことがよいと考えられます。
      なお,総会当日,スタッフ・役員は健康状態が思わしくない場合などには自宅待機とすることがよいでしょう。

     4.  発熱や咳などの症状を有する株主への対応(入場自粛,退場要請)

      発熱や咳などの症状を有する株主については,入場自粛を要請することが考えられます。受付においてスタッフから声かけを行うことや,入場自粛の掲示をしておくことが考えられます。
      また,入場にあたり検温を実施し,発熱のある方の入場自粛を要請することや,入場後体調がすぐれない方に退場を要請することが考えられます。

      また,新型コロナウイルス感染症の罹患が疑われるにもかかわらず,入場自粛や退場要請に応じない方に対しては,入場制限や退場命令を行うことも可能と考えられます。
      但し,入場制限や退場命令については,決議取消事由となってしまうリスクも考えられることから,いきなり入場を断ったり退場を命じるのではなく,別室(第二会場)への移動を案内し,それに従わない場合に入場を断ったり退場を命じるということも考えられます。
      なお,別室へ案内する際,別室において発言機会を与えて,議事に参加できる状況を整える準備が必要となります。

     5. 総会開催時間の短縮の工夫

      感染拡大防止の観点からは,株主総会の短時間化を図ることも,合理的な対応です。
      例年に比べて議事の時間を短くすることや,株主総会後の交流会等を中止すること等が考えられます。
      例えば,シナリオを簡略化した以下のような対応を検討するとよいでしょう。

      <挨拶>
      開会宣言や挨拶の段階で,新型コロナウイルス感染症対策として株主総会の短時間化に努めることや株主のマスク着用の要請,役員やスタッフのマスク着用,発言ごとにマイクの消毒を行うこと等について簡潔に説明することが考えられます。

      <議事進行>
      議事採決の回数を減らすことができるうえ,総会の時間管理がしやすい,一括審議方式を採用することが考えられます。

      <定足数>
      事務局で出席株主数(議決権行使数)を確認できていればよいため,定足数の結果を株主に説明することは必ずしも必要ではありません。

      <会議の目的事項>
      「目的事項は,招集通知に記載の通りです。」と述べれば足ります。

      監査報告も,総会提出議案や書類等に法令若しくは定款違反,又は,著しく不当な事項があると認めるときに限り,法的義務が生じるため,省略することが可能と考えられます。

      連結計算書類の監査結果は報告事項ですが,会議の目的事項が招集通知記載の通りである旨の説明を行うことにより報告済みと扱えると考えられます。

      なお,重要な経営事項,重大な不祥事,重要な株主提案等があった場合には,説明が不十分となる恐れがあるため,関連事項については報告の省略などによる時間短縮をすることは避けるべきと考えられます。

      <質疑応答>
      質疑応答の打切りは,株主が議題を合理的に判断するために必要な質疑応答が尽くされたかという点から判断することを要します。

      質疑の流れに応じてその場で判断する必要がありますが,株主に新型コロナウイルス感染症拡大を防止するためであるという趣旨を説明した上,例年よりも短い審議時間にすること,株主一人あたり1問程度に限定することも考えられます。また,長時間にわたり発言をする株主に対して,「簡潔にお願いします。」と促すことも考えられます。

      ただし,重要な経営事項,重大な不祥事,重要な株主提案等があった場合には,審議時間の短縮を行うか,質疑を打ち切るかは慎重に判断することがよいでしょう。


    (3)インターネット等を用いた株主総会

     なお,本年6月の株主総会においては特に導入が難しいかと思われますが,今後インターネット等を用いた株主総会の導入も考えられるため,以下にご紹介致します。

     現在,物理的に存在する会場において役員等と株主が一堂に会する形態で行われるリアル株主総会が一般的です。
     他方,リアル株主総会の会場に存在しない株主も,インターネット等を用いて遠隔地から参加/出席できるハイブリッド型バーチャル株主総会も経済産業省から紹介されています。
    このハイブリッド型バーチャル株主総会には,参加型出席型があります。

    <ハイブリッド参加型バーチャル株主総会>
     株主が遠隔地から株主総会を傍聴することで議事の進行状況を視聴し,会社の経営を理解する有効な機会となります。
     しかし,インターネット等を用いて参加する株主は当日の決議に加わることは出来ず,当日の議決権行使が出来ないため,事前の議決権行使や,委任状等で代理権を授与して代理人による議決権行使を行う必要があると考えられます。

    <ハイブリッド出席型バーチャル株主総会>
     株主が遠隔地からインターネット等を用いて株主総会に出席し,リアル出席株主と共に審議に参加した上,株主総会における決議にも加わることが想定されるものであり,株主総会での質疑等を踏まえた議決権の行使が可能となる形態のものです。
     但し,バーチャル出席に向けた環境整備の必要や,どのような場合に決議取消事由に当たるかについての経験則が不足しているという留意点があります。


     本年6月の株主総会においては,環境整備や時間的制約等からハイブリッド型バーチャル株主総会の導入は難しい場合が多いかと思われますが,今後の中長期的な目標として,インターネット等を用いた株主総会の導入により遠隔地の株主の出席機会の拡大が図れるものと思われます。
     なお,リアル株主総会を一切開催せずに役員等と株主がすべてインターネット等の手段を用いて株主総会に出席するというバーチャルオンリー型株主総会については,現行法においては解釈上難しい面があると解されています。


    (4)おわりに

     本年の株主総会においては新型コロナウイルス感染症感染拡大防止を図り,株主総会参加者の安全を守るため,本稿で紹介した対策など十分な対応を行うべきでしょう。


    田島・寺西法律事務所
    弁護士 秋山 周

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  • 2019/09/27 商取引 Gメンも登場! 消費税転嫁対策特別措置法を知っていますか!?10月1日からの下請取引に十分に気を付けましょう!(遠藤啓之弁護士)

    Gメンも登場! 消費税転嫁対策特別措置法を知っていますか!? 10月1日からの下請取引に十分に気を付けましょう!

    令和元年10月1日から消費税率が10%になります。これに合わせて下請取引において知らないうちに消費税転嫁対策特別措置法に違反しないように気を付けましょう。


    1. 消費税転嫁対策特別措置法
     令和元年10月1日の消費税率の10%への増税に向けて、キャッシュレス決済・ポイント還元事業、軽減税率等がテレビやスマホニュース等で取り上げられています。
     消費税転嫁対策特別措置法をご存知でしょうか。
     この法律の正式名称は、消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法という長いものであり、一般の方にはなじみがないかもしれません。
     この法律によって、消費税率が引き上げられたにもかかわらず、きちんと増税分を支払ってくれなかったり(減額)、価格を据え置くと称して、消費税率の引き上げの前後で毎月の支払単価を同じにするために実質的に本体価格の値引き(いわゆる買いたたき)を求めたりすることが違反となります。
     たとえば、本体価格100円の商品・サービスは、令和元年9月時点であれば税込みで108円ですが、令和元年10月1日から税込みで110円となります。そこで、下請取引に限らず、買い手側が支払う金額をそのままにしたいために税抜き本体価格100円の商品を税込み108円のままで買えるように売り手側に求めてくるのです。世の中の状況が何も変わっていないのに、日付が10月1日になって消費税率が引き上げられたから支払う金額が高くなるということで、買い手側は支払う金額を増税後の10月1日以降もそのままにしたいと思うのですが、これをされてしまうと、売り手側は実質的に値下げを強いられることになります。これでは、売り手側は、自分が商品・サービスを調達するときには10%の消費税を支払わなければならないのに、商品・サービスを供給するときには価格を据え置かれてしまうことで、利益がそこなされてしまいますし、最悪の場合、原価割れしてしまいます。そこで、消費税転嫁対策特別措置法はこれを禁止しています。

    2. 下請法(下請代金支払遅延等防止法)との関係
     消費税率の引き上げに伴って行われる減額や買いたたきは、下請法(正式名称は下請代金支払遅延等防止法)によっても禁止されていますが、消費税転嫁対策特別措置法は、これをさらに明確にするために、消費税率が引き上げられたにもかかわらず、契約書や発注書の税抜き・本体価格に増税後の消費税をきちんと乗せた金額ではなく、増税前の金額で支払おうとする減額や増税後も増税前の税込み価格に無理に据え置くことで本体価格の実質的値引きを強いる買いたたきを法律に違反する減額・買いたたきとしています。
     消費税転嫁対策特別措置法では、下請法の下請事業者にあたる売り手側を特定供給事業者、下請法の親事業者にあたる買い手側を特定事業者と定義しています(資本金による区分の有無の違いはありますが、本コラムでは省略します。)。下請法では、減額は、契約時・発注時に定めた金額を、合理的な理由なく、下請事業者に責任がないにもかかわらず下げることを禁止しています。また、同様に、下請法では、これから契約・発注する際に、取引価格について通常の取引価格よりも著しく低い金額で一方的に定める行為を買いたたきとして禁止しています。
     減額はいわば後出しじゃんけん、買いたたきはいわば契約前の低い価格の押し付けといえます。
     ちなみに、買いたたきについては、原材料価格の高騰、消費税率の引き上げ、毎年の最低賃金の改定等に見られる人件費の高騰といった事情にもかかわらず、取引価格を現在の価格に一方的に据え置くことは、買いたたきにあたりうると考えられますので、令和元年10月1日以降の価格決めについては、留意する必要があります。下請事業者(売り手側・供給事業者)と十分に協議をした上で、合理的理由のある価格決定が求められるところです。

    3. 何に気を付けるべきか?
     消費税転嫁対策特別措置法を所管する中小企業庁(経済産業省の外局)では、消費税転嫁対策として、次のような事例は同法違反に当たりうるとして、注意を促しています。

    参照:http://www.jtf.jp/pdf/gmen.pdf

    (1) 御社は免税事業者だから消費税は払いません、消費税率引上げ後も8%に据え置きます。
     消費税は、課税期間の基準期間における課税売上高が1000万円以下の事業者は、その課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等について納税義務が免除されます。そこで、下請事業者と取引をしている親事業者は、下請事業者に対して、「おたくは消費税を納税しなくていい免税事業者なんだから、消費税が上がっても価格はそのままでいいよね。」などと言われてしまい、消費税増税後も消費税10%で支払ってもらえなかったり(減額)、税込みの価格を8%で計算したときの金額と同額に据え置かれたり(買いたたき)されてしまうことがあります。
     これは典型的な消費税転嫁対策特別措置法違反の減額・買いたたきにあたると解されますので、取引先に対してこのような対応をしたりしないように、また、取引先からこのような対応をされたら是正をするように求めたいところです。

    (2) フリーの委託事業者には消費税はそのままにさせていただいております。
     法人ではなく個人事業主、フリーの個人事業主が取引をする場合に、買い手側から、「フリーの事業者さんには消費税は据え置かせてもらっています。」等と言われることがあります。このような場合も消費税率は軽減税率を除いて10%に引き上げられており、契約時や発注時に決めた価格を支払う段階で一方的に減額することやこれから契約・発注するときに税込み価格を増税前の価格に据え置くことは本体価格の一方的な値引きとして減額・買いたたきとして消費税対策特別措置法に違反します。
     取引相手が法人ではなくフリーの個人事業主であるからといって、消費税率増税後に契約・発注時点の本体価格の金額に増税後の10%の価格を乗せた金額よりも低い金額で一方的に支払ったり、本体価格に消費税を乗せた金額を消費税率増税後も同じになるように据え置いたりすることは、減額・買いたたきとして消費税転嫁対策特別措置法違反になりますので、ご留意ください。

    (3) 税込み価格だから増税は関係ないよ。
     契約書や発注書面に金額が「〇円(税込み)」とされている場合に、「増税後も同じ価格ですよ。契約書・発注書に書いてあるとおりですよ。」等と言われることがあります。
     この場合、契約書や発注書面に「公租公課に変更があった場合には、変更後の公租公課で計算された金額を支払う。」旨の規定がなくても、契約・発注時点での本体価格・消費税額を計算することができますので、たとえ「税込み」表示であっても、消費税率引き上げ後は、引き上げ後の税率を本体価格にかけて算出された金額を払わなければなりません。
     契約書や発注書面に金額が「〇円(税込み)」とされていても、支払う時点の消費税率で計算しなおした金額で支払わなければ減額にあたりますし、契約更新時等に合理的な理由なく消費税率引き上げ前の金額に据え置いた税込み金額を定めることは買いたたきにあたります。
     なお、事業用建物賃貸借契約の場合、建物の賃料であっても消費税が課税され、契約書に税込みと記載されていることがよくありますが、消費税転嫁対策特別措置法上、例外とはなっていませんので、消費税率引き上げ後は、10%で計算した金額で支払う必要があります。

    (4) (工事などの継続的役務提供の場合に)継続的な契約だし、前からの契約だから税率は増税前と同じだよ。
     工事などのある程度一定の期間を要する契約や継続的な契約の場合、契約や発注時点と課税資産の譲渡・役務の提供の時点が大きくずれることがあります。この場合、経過措置として消費税率引上げの半年前を「指定日」として、指定日より前に契約等を行うことを条件に、改正前の税率である8%が適用される取引がありますが、これにあたらない場合には、継続的な契約であったとしてもしても、課税資産の譲渡等が税率引き上げ後になる場合には消費税率は10%となります。

    4. 消費税率引き上げ後の下請け取引について
     以上のように、消費税率引き上げ後も原価を維持したいとの思いから、消費税率引き上げ前と同じ金額での支払いに収まるようにしようとする動きが生じる可能性がありますが、それは消費税転嫁対策特別措置法に違反するおそれがありますので、十分に留意しましょう。買い手側は不当な減額、買いたたきにあたらないように気を付けるとともに、売り手側として不当な減額、買いたたきと思われる対応を求められたときには、買い手側にそのような対応は消費税転嫁対策特別措置法に違反することを伝えて、是正するように求めたいものです。
     報復をおそれて交渉できない、そのようなときは専門家である弁護士に相談してください!


    弁護士 遠藤啓之


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  • 2017/09/28 労働問題 今だからこそ気を付けたいパワハラ、早めに弁護士に相談を!(遠藤啓之弁護士)

    今だからこそ気を付けたいパワハラ、早めに弁護士に相談を!

    パワーハラスメント(パワハラ)による被害を理由に会社に対する高額な請求がなされることがあります。この機会にパワハラについておさらいしてみたいと思います。


    1 パワハラとは
     パワハラについて、法的な明確な定義はありません。裁判例では、「パワーハラスメントといわれるものが不法行為を構成するためには、質的にも量的にも一定の違法性を具備していることが必要である。したがって、パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係、当該行為の動機・目的、時間・場所、態様等を総合考慮の上、『企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が、職務を遂行する過程において、部下に対して、職務上の地位・権限を逸脱・濫用し、社会通念に照らし客観的な見地からみて、通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為』をしたと評価される場合に限り、被害者の人格権を侵害するものとして民法709条所定の不法行為を構成するものと解するのが相当である。」(東京地裁平成24年3月9日判決・労働法律旬報1788号30頁)としてパワハラを一般的に定義するものがある一方で、一般的定義をすることなく、具体的状況を認定して不法行為法上違法であると言えるかどうかによって判断するもの(東京高裁平成25年2月27日・労働判例1072号5頁、岡山地裁判決平成24年4月19日・労働判例1051号28頁、広島高裁松江支部判決平成21年5月22日・労働判例987号29頁など)や安全配慮義務違反があるとして債務不履行責任による損害賠償請求を認めるもの(名古屋地裁平成19年1月24日・判決労働判例939号61頁、東京地裁平成21年2月19日判決・労働判例982号66頁、大阪地裁平成22年2月15日・判時2097号98頁など)があります。
     また、平成24年1月30日付厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」によれば、「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」と定義されています。

    2 パワハラの類型
     厚生労働省の報告書や裁判例で、上司の部下である労働者に対する言動がパワハラとして不法行為法上違法とされ会社に使用者責任が成立する場合やそのような言動によって労働者に精神的・身体的苦痛が与えられ又は職場環境が悪化させられたことについて会社に職場環境配慮義務違反があるとされる類型には、次のようなものがあるとされています。
     ①上司の部下に対する直接的物理的暴力行為
     ②上司の部下に対する業務上必要な指導の範囲を逸脱した叱責
     ③上司の部下に対する人格・名誉への侮蔑的言動
     ④仲間はずれ・無視
     ⑤業務上遂行不可能なことの強要(過大な要求)
     ⑥業務上の合理性なく労働者の能力や経験よりも程度の低い仕事しか与えないこと(過少な要求)=いわゆる座敷牢、研修部屋などと言われたりもしています
     ⑦プライバシー事項への干渉・詮索
     ⑧嫌がらせ
     ⑨内部告発に対する報復

    3 パワハラの法的根拠(安全配慮義務)
     使用者である会社の社員・従業員に対するパワハラによる損害賠償責任の根拠は、雇用契約における使用者である会社の従業員に対する職場環境に関する安全配慮義務です。
     安全配慮義務については、もともとは、使用者である国の被用者である公務員に対する「国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務」として最高裁(小3)昭和50年2月25日判決・民集29巻2号143頁(以下「昭和50年最判」といいます。)によって認められました。
     その後、民間における雇用契約関係においても「雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である」とされています(最高裁(小3)昭和59年4月10日判決・民集38巻6号557頁(以下「昭和59年最判」といいます。))。
     安全配慮義務の根拠については、昭和50年最判が「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであ(る)」としています。
     現在では、平成20年3月1日施行の労働契約法により、法律上、使用者の労働者に対する安全配慮義務が明記されており(労働契約法第5条)、使用者は、労働契約上、労働者に対して安全配慮義務を負うことが明らかです。
     安全配慮義務の具体的な内容について、昭和50年最判は、「安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであ(る)」とし、昭和59年最判は「使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものである」としています。
     そして、安全配慮義務違反の具体的な内容の主張及び立証責任については、「国が国家公務員に対して負担する安全配慮義務に違反し、右公務員の生命、健康等を侵害し、同人に損害を与えたことを理由として損害賠償を請求する訴訟において、右義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国の義務違反を主張する原告にある、と解するのが相当である。」とされています(最高裁(小2)昭和56年2月16日判決・民集35巻1号56頁(以下「昭和56年最判」といいます。))。したがって、パワハラを受けたとする労働者が、具体的な事実がパワハラにあたることを主張立証しなければなりません。

    4 パワハラの法的構成
     パワハラ被害について安全配慮義務違反を理由に労働者が会社に対して損害賠償請求をする法的構成としては、債務不履行としての雇用契約上の安全配慮義務違反(民法第415条)、②パワハラをした上司・同僚を直接の不法行為者とし、会社をその使用者とする不法行為法上の使用者責任(民法第715条第1項)が考えられます。
     パワハラは、厚生労働省の報告書によると「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」であり、これがパワハラを受けた労働者との関係で会社の債務不履行又は不法行為となるのは、会社がパワハラを受けた労働者に対する安全配慮義務に違反したと評価される場合です。
     上司の部下に対する指示、叱責等が「業務の適正な範囲を超えて」行われた場合、パワハラになります。
     パワハラをうけた労働者が会社に対して安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求するには、パワハラを行った者とされた者の人間関係、当該行為の動機・目的、時間・場所、態様等から職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為にあたることを具体的に主張・立証する必要があります。
     パワハラの結果生じる損害としては、
     ①身体に対する直接的暴力による損害(怪我の治療費、休業損害、慰謝料、後遺障害が残った場合の逸失利益など)
     ②精神的苦痛を被ったことによる慰謝料、うつ病発症によって就労不能となった場合の休業損害、逸失利益
     ③自殺した場合の本人の慰謝料、逸失利益、遺族固有の慰謝料
    などが考えられます。

    5 労働者に特殊事情がある場合
     パワハラを受けた労働者がうつ病を発症した場合や、自殺した場合には、損害額が高額化する可能性がありますが、他方で、労働者側に特殊事情がある場合、パワハラとうつ病発症、自殺との因果関係が否定されたり、労働者の側にも心因的素因があったとして過失相殺が認められたりする可能性があります。
     関連して、長時間にわたる残業によりうつ病に罹患した労働者が死亡した事案で、会社の使用者責任を肯定しつつ、賠償額の決定にあたり、労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が損害の発生又は拡大に寄与した場合、労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様性として通常想定される範囲を外れるものでない場合には、労働者の性格を斟酌することはできないとした判例があります(最高裁(小2)平成12年3月24日判決・民集54巻3号1155頁)。
     他方で、幼稚園に保母として勤務した3か月後に心身症で入院し、翌日に退職したがその1か月後に自殺した保母の事案について、うつ状態に陥って自殺したのは、労働者の性格や心因的要素によるところが大きいとして過失相殺により8割の損害賠償額の減額を認定した原審の判断を維持した判例もあります(最高裁(小2)平成12年6月27日決定・労働判例795号13頁)。

    6 パワハラについてのご相談は、専門家である弁護士に!
     以上のように、何がパワハラに当たるのか、会社はどこまで責任を負わなければならないのか等については慎重に検討する必要があります。深刻な事態に陥った場合、労働者のパワハラ被害の拡大だけではなく、会社側の賠償責任も高額化する恐れがあります。パワハラについて問題が生じたら、まずは専門家である弁護士に相談しましょう。

    弁護士 遠藤啓之


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