コラム「企業法務相談室」一覧

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  • 2023/09/22 インターネット・情報 中途採用により入社した社員が前職で入手した情報を転職先に持ち込んでいた場合の対応(秋山周弁護士)

    中途採用により入社した社員が前職で入手した情報を転職先に持ち込んでいた場合の対応

    Q.入社した社員が、前職で使用していたUSBメモリを当社に持ち込み、当人が当該USBメモリに含まれる情報(顧客情報等)を勝手に当社で使用した場合に、当人や当社が何らか責任を負うことはありますか。また、そのような場合、当社が責任を免れるためにはどのような点に留意すべきでしょうか。

    A.

    1 転職者の責任

    顧客情報等が含まれるUSBメモリの持出しとその利用について業務上横領罪や背任罪等の刑事責任を負うおそれや、持ち出した情報が転職元企業の規定する機密情報等に当たる場合には転職元企業から債務不履行に基づく損害賠償請求を受けるおそれ(民法415条)があるほか、持ち出した情報が不正競争防止法上の「営業秘密」にあたる場合には、同法上の差止請求や損害賠償請求を受けるおそれ(不正競争防止法3条、4条)があります。


    2 転職先の会社の責任

    転職者が持ち出したUSBメモリに含まれる情報が不正競争防止法上の営業秘密にあたる場合には、同法上の差止請求や損害賠償請求を受けるおそれ(不正競争防止法3条、4条)があるほか、民法上の不法行為責任を負うおそれも考えられます(民法709条、715条)。


    3 転職先の会社の対応

    転職者の転職元企業との間における契約関係の確認、転職者採用時における誓約書の取得、採用後の業務内容の定期的な確認等を行って、不正競争防止法上の「重大な過失」が認められないように対処しておく他、秘密情報に関する社内ルール(営業秘密管理規程)の周知を行って、従業員等の秘密情報に対する認識を向上させておくことが考えられます。


    (説明)

    1 転職者のリスク

    ⑴ 刑事責任

    当該転職者の立場や持ち出した物によっては、転職者に業務上横領罪や背任罪が成立するおそれがあります(なお、転職者が転職元企業の所有物だと知らなかったとしても、証拠から故意が認められるおそれがあります)。


    ⑵ 債務不履行に基づく損害賠償請求

    当該転職者が退職後も転職元企業との間で秘密保持義務を負う場合には、転職者は、転職元企業から債務不履行に基づく損害賠償請求を受けるおそれがあります。


    ⑶ 不正競争防止法違反を理由とする損害賠償請求

    当該転職者が退職後に秘密保持義務を負っていなくとも、当該情報が不正競争防止法上の営業秘密にあたる場合、営業秘密侵害にあたるものとして(不正競争防止法2条1項4号)、転職元企業から損害賠償請求を受けるおそれがあります(同法4条)。

    なお、営業秘密とは、①秘密として管理されていること(秘密管理性)②事業活動に有用な情報であること(有用性)③公然と知られていないこと(非公知性)を満たす技術上又は営業上の秘密をいいます。



    2 転職先の会社のリスク

    ⑴ 不正競争防止法違反

    転職者が持ち出したUSBメモリに含まれる情報が不正競争防止法上の営業秘密にあたる場合に、転職先の会社が意図せぬ形で他者の秘密情報を取得してしまうおそれがあります。

    営業秘密が不正に取得または不正に開示されたものであることについて転職先の会社の代表者に故意又は重過失が認められた場合には不正競争行為に当たる可能性があり、転職先の会社が同法上の差止請求や損害賠償請求を受けるおそれ(不正競争防止法3条、4条)があります。

    たとえば、

    ・不正に取得されたものであることを知りながら、または重大な過失によりこれを知らずに、転職者が保有している転職元企業の営業秘密を転職先の会社が取得したり、自己の業務で使用したりした場合(不正競争防止法2条1項5号)

    ・取得時は知らない場合でも、取得後に不正取得された情報であることを知り、または重大な過失によりこれを知らずに使用した場合(不正競争防止法2条1項6号)

    上記のような場合には、不正に取得した営業秘密を使用する行為として、営業秘密侵害行為に当たります。


     ⑵ 民法上の不法行為責任

    転職者の行為が不正競争防止法上の営業秘密侵害行為には当たらない場合でも、転職者が転職元企業に対して不法行為に基づく損害賠償責任を負う場合には、転職先の会社が民法上の使用者責任を負うおそれも考えられます(民法709条、715条)。



    3 転職先の会社が対応すべき事項

    転職者の入社時に転職先の会社が対応しておくべき点について、「重大な過失」がないとされるために以下のような取組みが有効と考えられ、上記2記載の転職先の会社のリスクを回避していくことができるものと考えられます(なお、以下の取組みにより、常に「重大な過失」がないとされるものではないことにご留意ください)。(経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」5-2⑴参照)

    その他、営業秘密侵害行為については、上記のとおり「重大な過失」の有無の判断が検討されますが、営業秘密侵害行為に該当するとまでは認定されなくとも、従業員における一般不法行為の成立が認定される場合もあり、その場合、転職先の会社においても、「重大な過失」よりも認定されやすい「過失」の不法行為責任が認定されるおそれがありますので、そういった場合に備える意味でも以下の対応をしておくことがよいと考えられます。


    ⑴ 転職者の契約関係の確認

    転職者が、転職元企業との関係で負っている秘密保持義務、競業避止義務といった義務の有無やその内容を確認することが必要です。


    (具体例)

    ・転職元の就業規則や、退職時に交わしている契約書や誓約書等を確認し、秘密保持義務や、競業避止義務等の有無や内容を面接やアンケート等で確認してください。


    ・転職者が、上記のような契約書や誓約書等の写しを転職元から交付されていなかったり、その内容が「すべての情報を持ちだしてはならない」といったものであるなど、転職者が負っている義務の範囲が漠然としている場合であっても、転職者本人に対する記憶喚起やインタビュー等を通じて、できるだけ義務の範囲を特定するよう努めてください。


    ・転職者が義務を負っているかどうかに関わらず、後記⑵のとおり「誓約書の取得」等も実施することが望ましいです。
    なお、転職元において中核的な役割を担っていた転職者を受け入れる際には、当該技術情報の性質や当該転職者の従前の職務内容等に応じ、当該転職者が転職元企業との間で秘密保持義務や競業避止義務を負っている可能性が高いことに留意した、より慎重な対応を行うことが考えられます。


    ・以上の対応を行ったことについて、採用時の面談録やレポート等の書面の形で記録・保存しておいてください。


    ⑵ 転職者採用時における誓約書の取得等

    転職者に、転職元企業での秘密情報を自社内に持ち込ませないよう注意を喚起するとともに、不正競争防止法上の「重大な過失」が無いとの主張の一つの根拠とするために、転職者の採用時に書面での確約を取っておくことが有効です。


    ⑶ 採用後の管理

    転職者が従事する業務内容を定期的に確認してください(私物のUSBメモリ等の記録媒体の業務利用や持込みを禁止するといった取組みも有効と考えられます)。



    4 秘密情報に関するルール(営業秘密管理規程)の周知

    上記3の他、秘密情報の取扱い方法等に関するルールの周知、秘密情報の記録された媒体へ秘密情報である旨の表示を行うこと等により、従業員等の秘密情報に対する認識を向上させ、同時に、不正に情報漏えいを行う者が「秘密情報であることを知らなかった」、「社外に持ち出してはいけない資料だと知らなかった」、「自身が秘密を保持する義務を負っている情報だとは思わなかった」といった言い逃れができないようになるものと考えられます。(経済産業省「秘密情報の保護ハンドブック~企業価値向上に向けて~」)3-2参照)


    たとえば、営業秘密管理規程には、従業員等が秘密情報の取扱いや、秘密情報に関して秘密保持義務が課されていること等について、十分理解できるようにするため、以下のような内容を入れておくことが考えられます。


    ①適用範囲

    役員、従業員、派遣労働者、委託先従業員(自社内において勤務する場合)等、本規程を守らなければならない者を明確にします。


    ②秘密情報の定義

    本規程の対象となる情報の定義を明確化します。

    秘密情報の定義に際しては、受領者による秘密情報の認識の範囲を明確化することが重要であり、秘密である旨を明示して開示される情報を秘密情報と指定することや、秘密情報の開示手段となる特定の記録媒体に記録された情報を秘密情報と指定すること等が考えられます。


    ③秘密情報の分類

    分類の名称(たとえば、「役員外秘」、「部外秘」、「社外秘」)及び各分類の対象となる秘密情報について説明します。


    ④秘密情報の分類ごとの対策

    「秘密情報が記録された媒体に分類ごとの表示をする」、「アクセス権者の範囲の設定」、「秘密情報が記録された書類を保管する書棚を施錠管理して持出しを禁止する」、「私物のUSBメモリの持込みを制限し複製を禁止する」等、分類ごとに講ずる対策を記載します。


    ⑤管理責任者

    秘密情報の管理を統括する者(たとえば、担当役員)を規定します。


    ⑥秘密情報及びアクセス権の指定に関する責任者

    分類ごとの秘密情報の指定やその秘密情報についてのアクセス権の付与を実施する責任者(たとえば、部門責任者、プロジェクト責任者)について規定します。


    ⑦秘密保持義務

    秘密情報をアクセス権者以外の者に開示してはならない旨等を規定しておきます。


    ⑧罰則

    従業員等が秘密情報を漏えいした場合の罰則を定めておきます。



    5 最後に

    中途採用を行う会社においては、当該転職者が前職で身に着けたノウハウ等に期待して採用を行っているものと一般的に考えられますが、転職者を採用する会社においても、当該転職者と転職元企業との間におけるトラブルに巻き込まれるおそれがあり、転職元企業から訴えられたり、当該転職者とともに損害賠償責任を負うおそれがあるため、上記のような事項を確認しておくことが望ましいと考えられます。


    以上


    弁護士 秋山周


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  • 2023/08/30 インターネット・情報 個人データの取扱い委託先事業者における個人データの漏えい対応(西川文彬弁護士)

    個人データの取扱い委託先事業者における個人データの漏えい対応

    Q1.委託先における個人データ漏えい時における委託元の報告義務及び通知義務
    当社(委託元)の個人データの取扱いを委託している会社(委託先)から「不正アクセスにより、個人データを格納しているサーバーから委託された個人データを含むデータが漏えいした可能性がある」との連絡を受けました。
    不正アクセスを受けて漏えいした可能性があるのは委託先であるため、当社(委託元)には、漏えいについて、個人情報保護委員会へ報告したり、本人へ通知をする義務はないという理解でよいでしょうか。


    Q2.委託先において報告及び通知義務が免除される場合
    当社は、他社から個人データの取扱いの委託を受けているのですが、不正アクセスにより、個人データを格納しているサーバーから委託を受けている個人データが漏えいしたかもしれません。
    委託元に対しては、個人データが漏えいした可能性があること連絡しようと思っていますが、その他に、個人情報保護委員会への報告や本人への通知も行わなければならないでしょうか。

    A1.いいえ。個人データの取扱いを委託している場合、委託先だけではなく、委託元である個人情報取扱事業者にも個人情報保護委員会(※)への報告義務(以下「報告義務」といいます。)及び本人への通知義務(以下「通知義務」といいます。)が課されます。

    ※ 個人情報保護委員会が個人情報の保護に関する法律(以下「法」といいます。)第150条第1項の規定により報告を受理する権限を事業所管大臣に委任している場合には、当該事業所管大臣が報告先となります。


    A2.委託先においては、報告義務及び通知義務が免除される場合があります。

    委託先は、委託元である個人情報取扱事業者に対し、個人情報保護委員会規則(以下「規則」といいます。)が定める適切な通知をしたときは、報告義務及び通知義務を免れ、この場合、委託先からの通知を受けた委託元のみが報告及び通知をすることとなります。



    (説明)

    1 報告義務及び通知義務の根拠

    以下に引用するとおり、報告義務は法第26条第1項本文に、通知義務は同条2項に、それぞれ定められており、漏えい等が発生し、又は発生したおそれがある個人データを取り扱う個人情報取扱事業者(委託元及び委託先)が報告義務及び通知義務の主体となります(個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)(以下「GL通則編」と記載します。)3-5-3-2、3-5-4-1参照)。


    ~法第26条抜粋~

    1 個人情報取扱事業者は、その取り扱う個人データの漏えい、滅失、毀損その他の個人データの安全の確保に係る事態であって個人の権利利益を害するおそれが大きいものとして個人情報保護委員会規則で定めるものが生じたときは、個人情報保護委員会規則で定めるところにより、当該事態が生じた旨を個人情報保護委員会に報告しなければならない。…略…

    2 前項に規定する場合には、個人情報取扱事業者…略…は、本人に対し、個人情報保護委員会規則で定めるところにより、当該事態が生じた旨を通知しなければならない。…略…
    ~~


    2 委託先が報告義務及び通知義務を免れる場合

    委託先においては、報告義務を負う委託元に対し、次に掲げる①から⑨までの事項(GL通則編3-5-3-3に詳細の記載があります。)のうち、その時点で把握しているものを通知したときは、報告義務及び通知義務が免除されます(法26条1項但書、同条2項括弧書、規則9条同8条。GL通則編3-5-3-5、3-5-4-1参照。)。
    ① 概要
    ② 漏えい等が発生し、又は発生したおそれがある個人データの項目
    ③ 漏えい等が発生し、又は発生したおそれがある個人データに係る本人の数
    ④ 原因
    ⑤ 二次被害又はそのおそれの有無及びその内容
    ⑥ 本人への対応の実施状況
    ⑦ 公表の実施状況
    ⑧ 再発防止のための措置
    ⑨ その他参考となる事項


    ~法第26条抜粋~

    1 個人情報取扱事業者は、…略…当該事態が生じた旨を個人情報保護委員会に報告しなければならない。ただし、当該個人情報取扱事業者が、他の個人情報取扱事業者又は行政機関等から当該個人データの取扱いの全部又は一部の委託を受けた場合であって、個人情報保護委員会規則で定めるところにより、当該事態が生じた旨を当該他の個人情報取扱事業者又は行政機関等に通知したときは、この限りでない。

    2 …略…個人情報取扱事業者(同項ただし書の規定による通知をした者を除く。)は、本人に対し…略…通知しなければならない。
    ~~


    3 補足

    (1)本人への通知義務の例外

    本人に対する通知義務を負う場合であっても、本人への通知が困難である場合(連絡先が古く通知できない場合等)は、通知に代えて、本人の権利利益を保護するために必要な代替措置(事案の公表等)を講ずることが認められます(法26条2項但書、GL通則編3-5-4-5参照)。


    ~法第26条抜粋~

    2 …略…ただし、本人への通知が困難な場合であって、本人の権利利益を保護するため必要なこれに代わるべき措置をとるときは、この限りでない。
    ~~


    (2)報告義務を免除された委託先の委託元への協力

    委託先は、委託元に対し、前記「2」の通知をしたとしても、委託元の報告義務の履行に当たって、事案の把握を行うことのほか、必要に応じて委託元の漏えい等報告に協力することが求められます(GL通則編3-5-3-5参照)。


    4 最後に

    個人データの取扱いの委託は広く行われているところ、委託先に漏えいが生じた場合には、以上のように委託元においても適切に対応することが求められます。

    また、平時においても、委託元には、委託先に対する監督義務(法25条)が課されておりますので、個人データの取扱いを委託する際には、委託先との適切な委託契約の締結をすることのほか、委託先における委託された個人データの取扱状況を把握する等といったことが重要となります。


    弁護士 西川 文彬


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  • 2023/08/23 労働問題 ハラスメント加害者に対するヒアリング方法について(西川文彬弁護士)

    ハラスメント加害者に対するヒアリング方法について

    Q.ハラスメント被害者からの内部通報があり、加害者のヒアリングを実施することになりました。ヒアリング時は、どのようなことに気を付ければいいでしょうか。

    A.ヒアリングは、2名体制で行うことが望ましく、5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どうした)を意識して、具体的に聴き取る必要があります。また、客観的な証拠を得ている場合には、その提示のタイミングにも配慮が必要です。その他、記録のため、ヒアリングを録音しておくことも重要です。



    【説明】

    1 ヒアリング(以下「聴取」と記載します。)時の留意点

    (1)聴取担当者の人数

    実効的な聴取及び適正性を担保の観点から、1名体制を避け、2名体制(聴き取り担当、メモ取り担当)が望ましいでしょう。


    (2)冒頭に伝えておくべきこと

    加害者に対し、正直に話さなければならないこと、ヒアリング内容について他の従業員に話してはいけないこと等を伝え、了承を得ておくことも重要です。

    他方、加害者による通報者探しを避けるため、内部通報があったことは告げないようにしてください。


    (3)事実の聴取方法

    いきなり核心を突くクローズな質問(イエス、ノーで答えられる)は避け、周辺事実からオープンな質問をはじめて、徐々に聴取対象の事実関係について触れていくようにしてください。

    聴き取りの際には、常に、5W1H(いつ、どこで、だれが、何を、なぜ、どうした)を意識して、回数や期間等も可能な限り具体的かつ正確に聴き取る必要があります。

    また、加害者と議論することなく、淡々と事実を確認することを意識してください。もし、加害者の弁解と矛盾する客観的な証拠を取得できている場合には、加害者の弁解を一通り聞いた後、当該証拠を示すことが効果的です。

    なお、聴取に際しては、通報者を特定させる情報を加害者に伝えないように、伝えてはいけない情報を整理しておくことも重要です。


    (4)録音の要否等

    最初に「記録のため録音させてもらいます。」と伝えて録音しておくことが望ましいでしょう。

    なお、加害者が録音している場合があることにも留意が必要です。



    2 聴取前の準備及び聴取後の記録

    (1)聴取に先立つ準備

    時系列等に沿った事案の正確な把握と先立って収集しておいた証拠を整理しておくとよいでしょう。

    また、加害者の聴取に先立って、通報者(特に被害者と同一である場合)には、「加害者に通報をしたことが知られるリスクがあること」を説明し、当該リスクについて了承を得ること、必要に応じて、上司等の関係者からの聴取を先行することが重要になる場合があります。


    (2)聴取結果の記録

    加害者がハラスメント行為を認めるようであれば、聴取したハラスメント行為、動機、反省の意などを書面にまとめ、同書面に加害者から署名をもらって記録として保管しておくとよいでしょう。


    3 最後に

    加害者への聴取は、ハラスメント調査で重要な局面であり、聴取に臨むにあたっては、事案の把握や質問内容の検討など、入念な準備が必要となります。

    実効的な聴取を実施するために、以上のようなことを意識していただくとよいでしょう。


    以上


    弁護士 西川 文彬


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  • 2021/10/13 企業経営 改正公益通報者保護法に基づき事業者がとるべき措置に関する指針の公表と実務上の留意点(田島正広弁護士)

    改正公益通報者保護法に基づき事業者がとるべき措置に関する指針の公表と実務上の留意点

    1 はじめに
    公益通報者保護法の改正を受けて,消費者庁から,公益通報者保護法第11条第4項の規定に基づき,公益通報対応業務従事者の定め(同条第1項)及び事業者内部における公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置(同条第2項)に関し,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針が公表されました(令和3年8月20日内閣府告示第118号)。 今後,これに基づく解説が公表される予定ですが,ここでは,指針に基づき実務的に求められる対応のポイントを,事業者の立場に立って概説します。

    2  従事者の定め(法第11条第1項)に関して
    指針は第3項において,従事者の定めとして次の通り定めています。

    1 事業者は、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通 報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として定めなければならない。

    2 事業者は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならない。


    【解説】
    改正法は,公益通報対応業務を行う者であり,かつ当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者(以下,「公益通報対応業務従事者」といいます)に対しては,正当な理由なくして当該業務に関して知り得た事項で通報者を特定させるものを漏えいしてはならないとし(法12条),違反行為に対しては30万円以下の罰金を科すものとしています(法21条)。
    この義務と責任を科せられる主体となることを本人に明確に認識させることを事業者に求めるのが本項の趣旨です。
    公益通報対応業務従事者が通報者を特定可能な情報を漏えいさせることは,通報者の特定とその不利益処分を誘発する虞のあるもので,公益内部通報制度の健全な運用を阻害するものとして,刑事罰をもってそれを阻止しようとする趣旨は正当ですが,従事者に過酷な結果とならないよう事業者としての準備対応が必要です。

    【重要ポイント1 公益通報対応業務従事者の業務フローの明確化】
    公益通報対応業務従事者に,この義務と責任を科す前提として,公益通報対応業務従事者にその地位にあることの認識を明確に持たせることはもちろん,どのような業務処理を行えば通報者特定可能情報の漏えいとならないか,その業務フローを明確化し,そのモデルを示すことが事業者として求められます。消費者庁が今後示す解説や資料を踏まえて,Q&A等を作成して教育・研修を行うことも重要です。


    3  部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備(法第11条第2項)に関して
    指針は,第4項1において,上記体制整備として次の通り定めています。

    (1) 内部公益通報受付窓口の設置等
    内部公益通報受付窓口を設置し、当該窓口に寄せられる内部公益通報を受け、調査をし、是正に必要な措置をとる部署及び責任者を明確に定める。

    (2) 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置
    内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に係る公益通報対応業務に関して、組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置をとる。

    (3) 公益通報対応業務の実施に関する措置
    内部公益通報受付窓口において内部公益通報を受け付け、正当な理由がある場合を除いて、必要な調査を実施する。そして、当該調査の結果、通報対象事実に係る法令違反行為が明らかになった場合には、速やかに是正に必要な措置をとる。また、是正に必要な措置をとった後、当該措置が適切に機能しているかを確認し、適切に機能していない場合には、改めて是正に必要な措置をとる。

    (4) 公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置
    内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関し行われる公益通報対応業務について、事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置をとる。


    【解説】
    内部公益通報受付窓口の設置に際し,是正に必要な措置を執る部署と責任者を明確に定めることはその出発点です。組織の長・幹部に関わる事案での独立性の確保もまた,通報調査を機能させるために不可欠です。事案関係者の利益相反の観点からの排除も同様です。通報に対応して必要な調査を実施し,判明した法令違反等に対する速やかな是正措置と事後の機能状況の確認等も通報制度としてのいわばパッケージと言えます。

    【重要ポイント2 通報対応サブラインの必要性】
     組織の長・幹部に関わる場面として究極の場面は経営トップの不正となります。その時でも機能する調査体制とは監査役(あるいは監査等委員たる取締役)による調査体制です。事業者としては,経営の根幹に関わる事案・経営トップに関わる事案対応のための通報対応サブラインとして監査役ルートを設置し,規程上もその要件を定めるべきでしょう。

    【重要ポイント3 通報を将来に活かす姿勢の重要性】
    通報に基づく調査の結果,法令違反等の対象事実が判然としないことは,むしろよくあることです。その際に,単に通報対象事実が存在しないことをもって対応を完了するのではなく,今後に備えてガバナンスのあり方を再検討することが重要です。例えば,取引先にキックバックを要求している疑念がある場合に,単独交渉を許さないこととし,交渉メールのCCに担当課の別の社員を入れるよう運用を変えることで,そのような要求は事実上難しくなる可能性があります。あるいは,パワハラに関する通報は間々観られますが,それに該当しないとの事例判断であっても,穏当ではない言動が精神的苦痛を与えかねないことを社内研修等で広く浸透させるだけで将来のパワハラは抑止できる可能性が高まります。内部公益通報を将来のガバナンス向上とコンプライアンス堅持に活かす姿勢が重要です。


    4  公益通報者を保護する体制の整備(法第11条第2項)に関して
    指針は,第4項2において,上記体制整備として次の通り定めています。

    (1) 不利益な取扱いの防止に関する措置
    イ 事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、不利益な取扱いを把握した場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
    ロ 不利益な取扱いが行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。

    (2) 範囲外共有等の防止に関する措置
    イ 事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
    ロ 事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる。
    ハ 範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。


    【解説】
    内部公益通報に起因する不利益取扱いを防止し通報者を保護することは,内部公益通報制度を活かすための生命線と言うべきものです。また,公益内部通報に関する情報の範囲外共有は,通報者探索,ひいては通報者に対する不利益処分の誘因ともなりやすいものです。いずれも社内規程で明確にこれを制限すると共に,違反行為に対する懲戒処分その他の適切な措置が執れるよう体制整備をしなくてはなりません。これらが許されないことを経営トップのメッセージとして事業者内に浸透させることも重要です。

    【重要ポイント4 情報共有範囲の明確化】
    そもそも通報対応に必要な情報共有の範囲がどの範囲なのか,その主体,情報内容の範囲を,事前に明確に定めることが出発点となります。主体の点では,通報対応・調査に関与する担当者は担当部署において一般に定められていることと思料しますが,事案の関係者として利益相反の観点から関与できない場合もあり,事案毎に情報共有範囲を明確化する作業が必要となります。
    また,情報内容の点では,通報者との直接の連絡の必要性,調査の際の事実関係把握の必要性等の点で,必要な情報は異なり得るので,不必要に広範な情報を共有するべきではないでしょう。必要性のない範囲では内部公益通報者が特定されないよう匿名化して業務処理を行うことも,その特定による不利益処分防止のためには重要です。

    5  内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置(法第11条第2項)に関して
    指針は,第4項3において,上記措置として次の通り定めています。

    (1) 労働者等及び役員並びに退職者に対する教育・周知に関する措置
    イ 法及び内部公益通報対応体制について、労働者等及び役員並びに退職者に対して教育・周知を行う。また、従事者に対しては、公益通報者を特定させる事項の取扱いについて、特に十分に教育を行う。
    ロ 労働者等及び役員並びに退職者から寄せられる、内部公益通報対応体制の仕組みや不利益な取扱いに関する質問・相談に対応する。

    (2) 是正措置等の通知に関する措置書面により内部公益通報を受けた場合において、当該内部公益通報に係る通報対象事実の中止その他是正に必要な措置をとったときはその旨を、当該内部公益通報に係る通報対象事実がないときはその旨を、適正な業務の遂行及び利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において、当該内部公益通報を行った者に対し、速やかに通知する。

    (3) 記録の保管、見直し・改善、運用実績の労働者等及び役員への開示に関する措置
    イ 内部公益通報への対応に関する記録を作成し、適切な期間保管する。
    ロ 内部公益通報対応体制の定期的な評価・点検を実施し、必要に応じて内部公益通報対応体制の改善を行う。
    ハ 内部公益通報受付窓口に寄せられた内部公益通報に関する運用実績の概要を、適正な業務の遂行及び利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において労働者等及び役員に開示する。

    (4) 内部規程の策定及び運用に関する措置
    この指針において求められる事項について、内部規程において定め、また、当該規程の定めに従って運用する。


    【解説】
    内部公益通報対応体制を実効的に機能させるためには,労働者等,役員,退職者に対する適切な教育・周知とその質問・相談への対応は不可欠です。また,内部公益通報対応による調査結果の通報者へのフィードバックは,通報で指摘された事実についての事業者としての調査結果を明確にして事案解決を図ると共に,適切な通報対応実施のための制度的担保とも言うべきものです。さらに,通報対応に関する記録の作成,保管は,通報対象事実及び通報対応に関する紛争に備えると共に事業者としての適切な通報対応の証明手段として重要です。対応体制の定期的な評価・点検は内部公益通報体制の改善に不可欠なものであり,また,運用実績の概要の労働者等及び役員への開示は,制度運用状況の確認と共に,通報者を特定されることなく調査が実施され事案解決に至った前例を通じて,制度への信頼感醸成の基礎となるべきものです。


    【重要ポイント5 内部公益通報の記録作成と運用実績開示の実効性向上】
    指針は,不利益取扱い及び範囲外共有防止のための措置を定め,それらの事態に際しては適切な救済・回復措置と違反に対する懲戒処分等の措置を求めています(第4項2)。したがって,通報対応においては,これらの措置の実施状況をもチェックすると共に記録化することで,制度の適正な運用状況の継続的確認が可能となり,後の制度改善にも活かされることになります。また,制度の運用実績の開示に当たっても,上記遵守状況は不利益処分の虞から通報をためらう可能性のある社員がまさに知りたい情報なのであり,これを含めた開示がなされることで,制度への信頼感はより効果的に高まると思料されます。


    6 終わりに
    内部公益通報制度は,不祥事の早期発見と自浄のために必要かつ極めて有益な制度です。その運用に際しては,通報対象事実の存否に着眼した調査を形式的に行うだけではなく,調査を契機に判明する課題にも目を向けることが重要です。また,通報対象事実が認定できない場合,当該結論をもって通報調査としては一段落するとはいえ,通報対応としては通報を将来に活かす姿勢に立ち,業務フローの変更や社内アンケート,研修の実施等による業務改善を行うことでガバナンス,コンプライアンスのあり方の再検討に繋げるべきものです。通報制度が機能することによる福利は,事業者内外の様々なステークホルダーに及ぶことを忘れては行けません。
    以上



    弁護士 田島 正広


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  • 2021/08/12 企業経営 公益通報者保護法改正の概要とポイント(2020年(令和2年)改正法) (田島正広弁護士)

    公益通報者保護法改正の概要とポイント(2020年(令和2年)改正法)

    公益通報者保護法は,公益通報者を社内の不利益処分から保護すると共に,国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り,国民生活の安定及び社会経済の健全な発展を実現するものです(法1条)。 同法は,2004年(平成16年)に公布され,2006年(平成18年)から施行されていますが,しかし,その後も法人,組織の不祥事の隠ぺいは後を絶たず,また公益通報者に対する不利益処分も散見される状況が続いています。そこで,公益通報者の保護をより確実にし,公益通報制度の実効性を高め,不祥事の早期是正と被害防止を実現するため,2020年(令和2年)同法は改正されました(2年以内に施行予定)。以下にその概要を紹介します。

    1 2020年(令和2年)改正法の概要

    同改正法の概要(消費者庁ウェブサイト)によれば,改正の基本的視点は次の通りです。

    ① 事業者自ら不正を是正しやすくするとともに,安心して通報を行いやすくすること
    ② 行政機関等への通報を行いやすくすること
    ③ 通報者がより保護されやすくすること

    これを制度の改善点毎に考察すると,講学上次の通り分析されています。

    (1)【公益通報の範囲の拡大】 
    ・公益通報の主体に退職者、役員を追加しました。

    ・通報対象事実に過料の対象となる行為及び本法違反行為を追加しました。

    ・2号通報(監督行政機関への通報)通報先に行政機関が予め定めた者(=外部委託先)を追加しました。

    (2)【公益通報者保護の拡充】
    ・労働者による2号通報では、真実相当性がなくとも一定事項を記載した書面を提出すれば保護します。
    ・労働者による3号通報(第三者への通報)では、通報者情報漏えい、重大な財産被害に相当の理由がある場合を保護します。
    ・退職者・役員を不利益処分から保護し、通報により解任された役員には損害賠償請求権を認めました。
    ・通報を理由とする通報者の損害賠償義務を免責しました。

    (3)【事業者・行政機関の措置の拡充】
    ・事業者に通報対応業務従事者設置義務、同従事者に守秘義務を課しました。
    ・行政機関に2号通報への調査・適当な措置、体制整備を義務付けました。

    参照:NBL No.1177 4頁以下



    2 改正法のポイント

    (1) 公益通報の範囲の拡大
    ① 公益通報の主体の拡大(法2条1項1号、同条2項4号)
    ・通報制度の実効化への期待から、退職者(「労働者であった者」)を退職後1年に限り公益通報の主体に加えて不利益処分(ex.退職金不支給)から保護することとしました(法2条1項1号)。
    ・組織内での対応の限界と通報による解決への期待から、「法令の規定に基づく」「法人の役員」を公益通報の主体に加えて不利益処分(解任を除く)から保護することとしました(法2条2項4号)。解任時には損害賠償請求権を認めています(法6条)。会計監査人は独立的であることから対象外とされました。

    ② 通報対象事実の拡大(法2条3項1号)
    ・通報制度による法令違反行為是正の推進への期待から、通報対象事実に刑事罰対象行為のみならず過料対象行為を加えました。命令違反が対象となる行為も刑事罰同様含まれます(法2条3項1号)。
    ・通報制度の実効化の観点から導入された公益通報対応業務従事者の守秘義務(法12条)、事業者の報告義務(法15条)の違反行為も罰金(法21条,12条)、過料(法22条、15条)が課せられることとなったことから、これらの義務違反行為も通報対象事実に含まれることとなりました(法2条3項1号)。
    【重要ポイント1】社内外の通報窓口に公益内部通報を行った結果,公益通報対応業務従事者が通報者を特定可能な事項を情報共有すべき範囲を超えて拡散させて通報者が所属部署内でも特定されてしまった場合,これ自体もまた公益通報者保護制度が対象とする通報対象事実となります。通報の取り扱いへの細心の注意が必要とされます。

    ③ 2号通報の通報先の拡大(法2条1項柱書)
    ・監督官庁が2号通報の外部窓口を設置することができるよう、監督権限のある「行政機関があらかじめ定めた者」を2号通報の通報先に追加しました(法2条1項柱書)。


    (2) 公益通報者保護の拡充
    ① 労働者による2号通報の要件緩和(法3条2号)
    ・事業者の経営陣の不正の場合1号通報(組織内及び指定窓口への通報)の機能不全が懸念され、2号通報への期待も高まるところ、行政機関職員には職務上の守秘義務があり、情報漏えいの虞も少ないことから、保護要件を緩和しました。真実相当性がない場合であっても、通報対象事実が生じ、または生じようとしていると思料し、かつ以下の事項を記載した書面(電子メール含む)を提出した場合を保護対象に加えています(法3条2号)。
     (イ)公益通報者の氏名又は名称及び住所又は居所
     (ロ)当該通報対象事実の内容
     (ハ)上記思料の理由
     (ニ)当該通報対象事実について法令に基づく措置等適当な措置がとられるべきと思料する理由
    重要ポイント2】行政機関への公益通報がよりしやすくなることが想定されるので,企業等としては,より一層不祥事の早期発見,撲滅に真剣に取り組むことが求められることになります。同時に,1号通報による自浄機能を維持・発展させるためには,1号通報をより利用しやすくすると共に,通報者の保護を図り,その運用実績に基づく社員の安心感,信頼感を高めて,社員に1号通報を選択してもらえるような機運を醸成することが重要です。

    ② 労働者による3号通報の要件緩和(法3条3号)
    ・通報者探しによる不利益取扱いへの懸念がある場合でも通報制度を機能させるため、1号通報をすれば、「役務提供先が、当該公益通報者について知り得た事項を、同人を特定させると知りながら、正当理由なく漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合」を3号通報として保護することとしました(法3条3号ハ)。
    【重要ポイント3】公益通報者の保護が期待できない法人,組織においては,組織外の第三者への通報が容認されることになります。自浄の機会を確保するためには,日頃から公益内部通報者保護制度を適切に運用し,その実績を社内外に公表して,不利益取扱いへの懸念を払拭しておくことが重要です。
    ・法益侵害の重大性に鑑みて、個人の生命・身体に対する危害のみならず、個人の財産に対する損害についても、その発生又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合を保護対象に加えました(法3条3号ヘ)。

    ③ 退職者・役員の不利益取扱いからの保護(法5条1項及び3項、6条)
    ・公益通報の主体に加えられた退職者・役員に対する通報を理由とする不利益取扱い禁止を禁止しました(法3条3号ハ)。
      ex) 退職者→退職金の不支給,
          役員→報酬の減額、取締役会通知の不送付
    【重要ポイント4】組織に所属している限りは人間関係もあって内部通報がはばかられることも時に懸念されますが,退職者となれば,自由にモノが言える立場になることが多いでしょう。退職した今だから言えることを聞き出すことは,コンプライアンス体制の堅持には非常に有益な手段と言えます。退職理由の本音の部分が,実は法令,企業倫理違反行為に関連している可能性は否定できません。
    ・役員は事業者と委任・準委任関係にあり、信頼関係が失われれば解任はやむを得ませんが(法5条3項で保護対象から除外)、通報を躊躇させないよう公益通報を理由とする解任による損害賠償請求権を保障しました(法6条)。

    ④ 通報を理由とする損害賠償義務の免責(法7条)
    ・公益通報による事業者の名誉、信用等の損害賠償義務を懸念して通報を躊躇しないよう、労働者・退職者・役員の全てにつき法3条・6条による通報を理由とする損害賠償義務を免責しました(法7条)。
    ・免責の対象は、債務不履行、不法行為その他一切の請求権に及びます。


    (3) 事業者・行政機関の措置の拡充
    ① 事業者の取るべき措置義務(法11条)
    ・事業者は、1号通報を受け、通報対象事実の調査を行い、その是正に必要な措置を取る業務に従事する者(「公益通報対応業務従事者」)を定めなければなりません(法11条1項)
    ≫従事者以外への通報でも1号通報としての対応が必要となります。
    ・事業者は、1号通報に応じ、適切に対応するために必要な体制整備等の措置を取らなければなりません(法11条2項)。
    ・従事者を定める義務(同条1項)及び1号通報対応措置を取る義務(同条2項)は、常時使用する労働者数が300人以下の事業者では、努力義務とされています(同条3項)。
    ・各義務につき内閣総理大臣の指針が策定されることになります(同条4項)。
    ・各義務は内閣総理大臣(消費者庁長官に委任)による助言、指導、勧告の対象となり(法15条)、常時使用労働者300人超の場合は勧告違反が公表対象となります(法16条)。

    ② 公益通報対応業務従事者の義務(法12条)
    ・通報者が特定されることを懸念して1号通報を躊躇しないよう、公益通報対応業務従事者(退任者含む)は、正当理由なくして当該業務に関して知り得た事項で通報者を特定させるものを漏えいしてはならないとされます(法12条)。
    ≫当該業務と無関係に偶然に聞きつけた情報は対象外とされます。
    ≫「通報者を特定させるもの」かどうかは、実際に通報者が特定可能かどうかによります。
    ex) 通報のあった部門に女性職員が1名のみであれば、女性職員であることをもって特定可能と判断されるでしょう。
    【重要ポイント5】社内外の公益通報対応業務従事者としては,法人,組織内での公益内部通報の報告に際して,実際に特定不可能な内容での報告が求められることになります。通報対象事実の内容次第では,当該事実の発生した部署を具体的に特定しての報告が難しい場合も考えられます。書式の形式的運用ではなく,通報者の実際上の特定可能性を踏まえた慎重な個別具体的判断が求められます。
    ・通報窓口担当者でも公益通報対応業務従事者として定められていなければ本義務を負いません(この場合、事業者は同従事者を定める義務の違反となります)。
    ・本義務の違反には、30万円以下の罰金が科せられます(法21条)。

    ③ 公益通報対応業務従事者の義務(法13条)
    ・監督官庁は、2号通報対応義務(法13条1項)の適切な実施のために、2号通報に応じ、適切に対応するために必要な体制整備等の措置を取らなければならないものとされます(法13条2項)。
    ≫措置の内容については各行政機関に委ねることとして、内閣総理大臣による指針の対象外とされています。

    参照:消費者庁ウェブサイト,NBL No.1177 4頁以下



    3 改正法を踏まえた内部通報制度の運用のあり方

    公益通報者保護法は,企業不祥事の実態に即した制度改善に向けて改正されました。その際,上述したように,通報制度の運用上通報者保護の観点に細心の注意を払うことが求められるに至っています。内部通報制度(i) は企業統治の重要手段であり,取締役・監査役の善管注意義務を企業統治の場面で具体化する内部統制システム構築義務の履行場面となります。したがって,その実効的な運用は,善管注意義務の履行として不可欠なのです。

    内部通報制度をコンプライアンスらしさの隠れ蓑として,形式的に名ばかり運用しようとする事業者はもはや存在しないことと信じますが,むしろ通報者保護を確実にして社内の安心感,信頼感を高めることで,通報制度の積極展開を図り,不祥事に対する自浄をより確実なものとすることができれば,市場からのコンプライアンスへの信頼はより高められることにもなります。コンプライアンス違反への社会批判の高まりは,企業価値算定においてコンプライアンス堅持が不可欠の重要要素であることを意味します。公益内部通報制度の積極的展開は全てのステークホルダーにとって有益でこそあれ不利益となることはありません。

    以上


    ----------------------------------------------------------
    (i) 現在検討中の公益通報者保護法に基づく指針案では「内部公益通報制度」と呼ばれる。


    弁護士 田島 正広


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