コラム「企業法務相談室」一覧

会社法,商取引法,M&A・事業承継,倒産・再生,IT・知財,労働法,公益通報・コンプライアンス等について,企業法務を取り扱う弁護士が豊富な実務経験に基づき解説しています。

  • 2018/08/10 個人 更新拒絶と立退料(竹村鮎子弁護士)

    更新拒絶と立退

    Q 弊社は賃貸用テナントビルを複数所有しておりますが、この度、1棟のテナントビルについて、老朽化を原因に、取り壊しを行い、建て替えることを検討しています。幸いなことに、ほとんどのテナントは理解を示し、建物を明渡してくれましたが、1階でブティックを経営しているテナントだけが明渡しをしてくれません。次回の更新時には更新を拒絶すれば,建物を明渡してもらえるでしょうか?

    1 賃貸借契約の更新拒絶について
     賃貸借契約の更新を拒絶するには,「建物の賃貸人及び賃借人が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引換えに建物の賃借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければ、することができない。」と法律で定められています(借地借家法第28条)。

     賃貸借契約の目的となっている不動産は,借主の生活や営業の拠点となっていることがほとんどです。例えば居住用の建物であれば,借主は,賃貸借契約期間が2年だとしても,小学生の子どもが学校を卒業するまでは,転居をしないで同じ建物に住み続けたいと思うでしょう。それにもかかわらず,突然賃貸借契約が終了しては,借主の生活設計を覆すことになってしまいます。
    事業用の建物である場合も同様に,事務所や店舗の移転を2年ごとに行うというのは現実的ではなく,借主はできるだけ継続した期間,建物を利用したいと思うでしょう。

     このため,賃貸借契約においては,契約期間が満了しても,その更新を拒絶するには,建物の賃貸人,賃借人双方の事情から判断して,賃貸借契約を終了させる正当な理由(これを「正当事由」といいます。)があると判断されるときに限り,賃貸借契約の更新拒絶が認められるのです。

    2 正当事由とは?
     それでは,相談者が賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由があるか否かについて考えてみましょう。
     設例の場合,相談者には以下のような事情があります。
     ・建物が老朽化している
     ・テナントビルを取り壊して新しく立て替えたい
     ・他のテナントは明渡しに応じている
     これらの事情をもって,「正当事由がある」として更新拒絶が認められるでしょうか。ひとつひとつ考えてみましょう。
     
    ・建物の老朽化
     過去の裁判例などからすると,例えば建物の老朽を理由に更新拒絶が認められる場合とは,例えば建物の外壁にひびが入っているというような程度では足りず,「何かあればすぐにでも朽ち果てそう」な程度のものである必要があると考えられています。
    ・ビルの解体及び再建築
     現在の建物の状態でも通常の使用に問題がないのであれば,更新拒絶が認められる「正当事由」にはならないでしょう。
    ・他のテナントの状況
     空いている部屋に新たに募集をかければいいだけですから,それだけで更新拒絶が認められる「正当事由」にはなりにくいです。
     
     他方で,借主はビルの1階でブティックを経営しています。そうすると,借主側の事情としては,以下の点が考えられます。
     ・引っ越し代や移転先に支払う敷金,挨拶状の発送などの移転費用がかかる
     ・契約期間満了までに同じような条件の建物が見つからない可能性がある
     ・仮に移転先が見つかったとしても,移転準備の間,営業ができないおそれがある
     ・立地条件が変わることにより,固定客が離れてしまうおそれがある 

     単純に両者の事情を比較衡量すると,建物の明渡しを求めたい貸主の事情は,ある程度の理由はあるものの,「どうしても明渡してもらいたい」というまでの差し迫った事情ではないといえるでしょう。
    他方で借主の事情は,「建物を明渡して,ブティックを移転すると,店の経営状態が悪化するおそれがある」というものであり,借主にとっては死活問題であるといえます。
     したがって,建物をこのまま使いたい借主の事情の方が大きいものと考えられるため,貸主である相談者が,現状のままで賃貸借契約の更新拒絶を行うのはかなり難しいものといえるでしょう。
     
    3 立退料について
     しかし,相談者としても,「具体的に新しいビルの建築計画が進んでいるし,新しいビルを建てることで,人の流れを作ることができ,地域に貢献できる。
     また,近くには同水準の空きテナントもあるので,そこを1階の借主には紹介できる。他のテナントは退去してしまったので,早く再開発に着手しないと,賃料収入がなくなって経営難になる。他のテナントを募集するにも,1階の借主の動き次第では,またすぐに明渡してもらうことになるため,動きが取れない」という,借主に明け渡しをしてもらいたい事情もあることは事実です。
     
     そこで,重要になってくるのが,法律のいう「財産上の給付」すなわち立退料です。貸主が借主に対して,立退料を支払うことによって,借主に傾いている天秤を,自分の方に傾けることができるのです。

     それでは,立退料として,貸主は借主に対していくら支払えば,賃貸借契約の更新を拒絶できるのでしょうか。
     立退料を決める要素としては,①移転費用,②営業補償,③借家権価格などが挙げられています。以下,順を追ってご説明します。

    ①移転費用
     移転費用の内訳としては,おおむね以下のものが挙げられます。
    ・引っ越し代金
    ・移転先物件の仲介手数料
    ・移転先の差額家賃
    ・挨拶状の発送費用
     差額家賃については,何年分負担しなくてはならないのかという問題があります。これについては,公共用地の収用の際の差額家賃の考え方の基準が参考になるとの見解もありますが,明確な基準があるわけではありません。
     また,借主が見つけてきた転居先が,必要以上に賃料の高い物件であった場合などは,実際にその物件でなければ営業ができないのか,他にもっと賃料の安い物件がないのかなど,様々な要素を踏まえて判断しなくてはなりません。

    ②営業補償
     例えば移転によって借主が経営する店の売り上げの減少が見込まれる場合には,貸主はこれを一定期間,補償する必要があります。ブティックの移転によって,借主の売上に何らかの影響が出ることは避けられませんが,具体的にどのような影響が出るか,正確に判断するのは難しいでしょう。

    ③借家権価格
     借家権価格については,借家権が財産上の権利として認められているとはいえ,一般的に取引されているものではないため,価格を算定するのが難しいという問題があります。

     以上のとおり,立退料の算定における判断基準としては複数のものがありますが,結局のところ,明確な相場は存在しないというのが実際のところです。実際に裁判を起こしてみて,想定よりも多額の立退料が必要だとされるケースも珍しくありません。
     また,立退料はあくまで,貸主からの更新拒絶が認められる正当事由を補完するものとしての位置づけであると考えられています。したがって,貸主側の明渡しの必要性が高い場合には低額に,明渡しの必要性が低い場合には高額になると考えられています。
     また,立退料は正当事由を補完するものですので,建物の老朽化や他のテナントの退去などの事情が何もなく,単に貸主が「借主がとにかく生理的に嫌だから出て行ってほしい」などの,いわばワガママで明渡しを求める場合などには,いくら高額な立退料を用意しても,更新拒絶は認められないでしょう。

    4 交渉から明渡しまで
     それでは,相談者が明渡しを求めることを決めた場合,どのような手続きを踏めばよいでしょうか。以下,順を追ってご説明いたします。

    ①更新拒絶の通知を行う
     建物の賃貸借契約の更新を拒絶する場合,期間満了の1年前から6か月前までの間に,更新をしない旨の通知を行わなくてはなりません(借地借家法26条1項)。これを行わない場合,更新拒絶はそもそもできなくなるので,スケジュール管理は厳密に行ってください。
     口頭の通知でも有効ではありますが,口頭の場合,更新拒絶の通知をしたことを証明できず,トラブルになった際に不利となります。したがって,更新拒絶の通知は,後の証拠とするためにも,必ず内容証明郵便で行っておくべきです。
     なお,内容証明郵便は,更新拒絶の通知をしたことの明確な証拠となる反面,1行20字以内,1枚26行以内,①,②など,〇で囲んだ文字は2文字とカウントされるなど,書き方に厳密な規定がありますので,発送の際には注意が必要です。また,内容のボリュームにもよりますが,1通あたり2000円程度の費用がかかります。

    ②借主と交渉を行う
     内容証明郵便が届いたら,たいていの場合,借主から何らかの連絡があるでしょう。そうしたら,借主と更新拒絶について交渉を行います。借主とは,主に以下の点について交渉を行いましょう。
     ・賃貸借契約について更新を行わないことの確認
     ・建物を明け渡す期限
     ・立退料を支払う場合には金額と支払日,支払い方法など

     交渉を行わずに,法的手続きを取ることも可能ではあります。しかし,裁判などの法的手続きは,一般的に解決まで半年から1年程度の時間がかかることが多いのに対して,交渉は比較的短時間で進めることが可能です。
     また,例えば立退料を分割払いにしたり,明渡しの期限を賃貸借契約期間満了時よりも遅くにすることができたり,明渡しまでの賃料を免除する代わりに立退料を安くすることができたり,柔軟な解決を図ることもできます。

     借主の立場で考えてみても,これまで何らの落ち度もなく建物を借り,ブティックを経営していたのが,突然,立退きを要求されるのですから,当然,貸主への反発心や不信感もでてきます。それにもかかわらず,いきなり裁判を行っても,貸主への反感を深めるだけですので,まずは誠実に交渉を行ってみるべきでしょう。

    ③簡易裁判所に調停を申し立てる
     借主との交渉が決裂してしまった場合,それでも明渡しを求めるには,法的手続きを取る必要があります。

     賃貸借契約において,賃料の増減額を請求する場合には,まずは調停を行わなくては裁判を起こすことはできません(これを「調停前置主義(ちょうていぜんちしゅぎ)」といいます)。調停とは,裁判所で行う手続きであり,一般市民から選ばれた調停委員(弁護士や不動産業界経験者などの有識者であることが多いです)と裁判官が当事者の間に立って,話し合いでトラブルの解決にあたる手続きです。賃貸借契約のような継続的な法律関係は,貸主と借主の信頼関係が重要であり,将来にわたって両者の円満な関係を維持するには,裁判よりもまずは調停,すなわち話し合いよって解決されることが望ましいと考えられているため,調停前置主義が採用されています。

     賃貸借契約の更新拒絶については,調停前置は求められておらず,調停を経ずに訴訟を提起することも可能ですが,賃貸借契約が終了しておらず,未だ建物を貸している関係は続いている以上,借主との信頼関係を維持することは重要であるといえます。したがって,まずは調停を申し立ててみるのが良いでしょう。
     民事調停は,借主の住所地を管轄する簡易裁判所に対して申し立てるのが原則です。
     なお,賃貸借契約書に「本件に関する一切の紛争は,○○地方裁判所を第1審の管轄裁判所とすることを合意する」というような条項(これを,「合意管轄条項」といいます。)がある場合があります。この条項を根拠に,相手方の住所地を管轄する簡易裁判所ではなく,○○地方裁判所に調停を申し立てることができるでしょうか。
     この点,上記のような文言の合意管轄条項は,あくまで訴訟についてのものであり,調停には適用されないと考えられています。他方で,契約書の記載が,「本件に関する一切の紛争(調停手続きも含む)は,○○地方裁判所を管轄裁判所とすることを合意する」というような記載であった場合には,○○地方裁判所に調停を申し立てることができます。調停を申し立てる前に,契約書の記載を確認してみましょう。
     とはいえ,すでに借主と交渉を行ったにもかかわらず,再度,調停を起こす必要があるのでしょうか。この点,調停は,当事者だけで話し合いを行っていた交渉とは異なり,調停委員が間に立って,時には借主を説得してくれることもありますので,交渉よりもスムーズに話し合いが進むことが期待できます。このため,交渉が決裂しても,調停を行うことの意義はあると言えるでしょう。
     
     調停はおおよそ1回の期日につき2時間程度,1か月に1回程度のペースで進められます。また,調停期日は,会議室のような部屋に,貸主,借主が交互に呼ばれ,自らの言い分を調停委員に話すという方法で進められることが一般的です。貸主・借主が直接顔を合わせることは調停成立時を除けば,めったにありません。
     調停は,弁護士を代理人とした場合には,貸主本人が出席する必要はありません。とはいえ,弁護士に依頼をした場合でも,本人が出席できないということではありません。また,調停の「話し合い」という性質からすると,本人が出席して,自らの口から事情を説明したほうが,調停委員からの理解も得やすい場合もあるので,状況に応じて出席も検討するべきでしょう。
     
     調停が成立した場合,調停調書が作成されます。調停調書は公の文書であり,もし,借主が調停で定められた期限までに建物を明け渡さない場合,強制的に明渡しを求めることができます。この点も,調停を行うメリットであるといえます。
     しかし逆に言えば,貸主も,借主が建物の明渡しをしているにもかかわらず,決められた期限までに立退料を支払わないような場合には,預金や不動産などの財産を差し押さえられてしまう可能性もあります。したがって,立退料の資金の用意には注意が必要です。なお,このことは後に述べる裁判手続きにおいて,判決などが出された場合や和解が成立した場合でも同様です。

    ④ 裁判を提起する
     交渉や話し合いが決裂しても,なおも建物の明渡しを求めるには,裁判を起こす必要があります。裁判は,裁判所が証拠に基づいて,最終的には判決によって,紛争の解決を図る手続です。

     相談者の場合,自身の主張を裏付ける証拠として,主に以下の証拠を提出する必要があるといえるでしょう。
    ・建物の老朽化を示す証拠→建物の写真
    ・再開発の計画があることを示す証拠→新しい建物の設計図
    ・他のテナントが退去したことを示す証拠→他のテナントとの間の賃貸借 契約書
    ・近隣に同水準の空き物件があることの証拠→近隣の賃貸不動産情報
    ・自身が主張する立退料の金額を裏付ける証拠→私的鑑定書

     立退料についても,貸主・借主双方から提出される証拠や,裁判所が選任する不動産鑑定士による鑑定を経て,裁判所が決定します。このため,場合によっては,貸主の想定を大きく超える立退料が算定される可能性もあります。また,仮に立退料の算定にあたり,裁判所が選任する不動産鑑定士による鑑定が行われた場合,別途,両当事者で鑑定費用を負担する必要があります。鑑定費用は建物の規模によって異なりますが,50万円から100万円程度かかることもあります。
     なお,裁判手続きにおいても,裁判所の判断で,話し合いによる和解がなされることもあります。 

    5 専門家の関与について
     借主との交渉や調停,裁判手続きは高度な法律知識を必要とします。また,借主が任意に立退きに応じない場合には,解決まで1年以上の長期間を要することも多くありますので,貸主の物理的及び精神的負担は大きいものとなります。
     負担を少なく,また,明渡しを確実なものとするためには,専門家である弁護士に協力を求めることが賢い選択であると思います。
     
     「次の契約更新のときに出て行ってもらおう」という軽い気持ちでは,建物を明け渡してもらうことは,まずできません。立ち退き料を支払ってでも建物の明渡しを実現して計画を実現するか,これまでどおり借主との契約を続けるか,どちらの方がメリットが大きいか,慎重な判断が必要だといえます。
     また,仮に借主に出て行ってもらうことを選択したとしても,交渉開始から明渡しの実現までには長い時間を必要とします。貸主としては,その間の賃料収入を確保するため,すでに退去が完了した部分について,定期建物賃貸借契約で新たに募集をかけるなどの対応を検討する価値があるかもしれません。
     
    弁護士 竹村 鮎子


    こちらのコラムをご覧になりご相談をご希望の方は,弁護士竹村までご連絡ください。
    直通電話 03-5215-5050
    メール   takemura@tajima-law.jp

  • 2017/09/28 労働問題 今だからこそ気を付けたいパワハラ、早めに弁護士に相談を!(遠藤啓之弁護士)

    今だからこそ気を付けたいパワハラ、早めに弁護士に相談を!

    パワーハラスメント(パワハラ)による被害を理由に会社に対する高額な請求がなされることがあります。この機会にパワハラについておさらいしてみたいと思います。


    1 パワハラとは
     パワハラについて、法的な明確な定義はありません。裁判例では、「パワーハラスメントといわれるものが不法行為を構成するためには、質的にも量的にも一定の違法性を具備していることが必要である。したがって、パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係、当該行為の動機・目的、時間・場所、態様等を総合考慮の上、『企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が、職務を遂行する過程において、部下に対して、職務上の地位・権限を逸脱・濫用し、社会通念に照らし客観的な見地からみて、通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為』をしたと評価される場合に限り、被害者の人格権を侵害するものとして民法709条所定の不法行為を構成するものと解するのが相当である。」(東京地裁平成24年3月9日判決・労働法律旬報1788号30頁)としてパワハラを一般的に定義するものがある一方で、一般的定義をすることなく、具体的状況を認定して不法行為法上違法であると言えるかどうかによって判断するもの(東京高裁平成25年2月27日・労働判例1072号5頁、岡山地裁判決平成24年4月19日・労働判例1051号28頁、広島高裁松江支部判決平成21年5月22日・労働判例987号29頁など)や安全配慮義務違反があるとして債務不履行責任による損害賠償請求を認めるもの(名古屋地裁平成19年1月24日・判決労働判例939号61頁、東京地裁平成21年2月19日判決・労働判例982号66頁、大阪地裁平成22年2月15日・判時2097号98頁など)があります。
     また、平成24年1月30日付厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」によれば、「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」と定義されています。

    2 パワハラの類型
     厚生労働省の報告書や裁判例で、上司の部下である労働者に対する言動がパワハラとして不法行為法上違法とされ会社に使用者責任が成立する場合やそのような言動によって労働者に精神的・身体的苦痛が与えられ又は職場環境が悪化させられたことについて会社に職場環境配慮義務違反があるとされる類型には、次のようなものがあるとされています。
     ①上司の部下に対する直接的物理的暴力行為
     ②上司の部下に対する業務上必要な指導の範囲を逸脱した叱責
     ③上司の部下に対する人格・名誉への侮蔑的言動
     ④仲間はずれ・無視
     ⑤業務上遂行不可能なことの強要(過大な要求)
     ⑥業務上の合理性なく労働者の能力や経験よりも程度の低い仕事しか与えないこと(過少な要求)=いわゆる座敷牢、研修部屋などと言われたりもしています
     ⑦プライバシー事項への干渉・詮索
     ⑧嫌がらせ
     ⑨内部告発に対する報復

    3 パワハラの法的根拠(安全配慮義務)
     使用者である会社の社員・従業員に対するパワハラによる損害賠償責任の根拠は、雇用契約における使用者である会社の従業員に対する職場環境に関する安全配慮義務です。
     安全配慮義務については、もともとは、使用者である国の被用者である公務員に対する「国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務」として最高裁(小3)昭和50年2月25日判決・民集29巻2号143頁(以下「昭和50年最判」といいます。)によって認められました。
     その後、民間における雇用契約関係においても「雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解するのが相当である」とされています(最高裁(小3)昭和59年4月10日判決・民集38巻6号557頁(以下「昭和59年最判」といいます。))。
     安全配慮義務の根拠については、昭和50年最判が「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであ(る)」としています。
     現在では、平成20年3月1日施行の労働契約法により、法律上、使用者の労働者に対する安全配慮義務が明記されており(労働契約法第5条)、使用者は、労働契約上、労働者に対して安全配慮義務を負うことが明らかです。
     安全配慮義務の具体的な内容について、昭和50年最判は、「安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであ(る)」とし、昭和59年最判は「使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものである」としています。
     そして、安全配慮義務違反の具体的な内容の主張及び立証責任については、「国が国家公務員に対して負担する安全配慮義務に違反し、右公務員の生命、健康等を侵害し、同人に損害を与えたことを理由として損害賠償を請求する訴訟において、右義務の内容を特定し、かつ、義務違反に該当する事実を主張・立証する責任は、国の義務違反を主張する原告にある、と解するのが相当である。」とされています(最高裁(小2)昭和56年2月16日判決・民集35巻1号56頁(以下「昭和56年最判」といいます。))。したがって、パワハラを受けたとする労働者が、具体的な事実がパワハラにあたることを主張立証しなければなりません。

    4 パワハラの法的構成
     パワハラ被害について安全配慮義務違反を理由に労働者が会社に対して損害賠償請求をする法的構成としては、債務不履行としての雇用契約上の安全配慮義務違反(民法第415条)、②パワハラをした上司・同僚を直接の不法行為者とし、会社をその使用者とする不法行為法上の使用者責任(民法第715条第1項)が考えられます。
     パワハラは、厚生労働省の報告書によると「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」であり、これがパワハラを受けた労働者との関係で会社の債務不履行又は不法行為となるのは、会社がパワハラを受けた労働者に対する安全配慮義務に違反したと評価される場合です。
     上司の部下に対する指示、叱責等が「業務の適正な範囲を超えて」行われた場合、パワハラになります。
     パワハラをうけた労働者が会社に対して安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求するには、パワハラを行った者とされた者の人間関係、当該行為の動機・目的、時間・場所、態様等から職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為にあたることを具体的に主張・立証する必要があります。
     パワハラの結果生じる損害としては、
     ①身体に対する直接的暴力による損害(怪我の治療費、休業損害、慰謝料、後遺障害が残った場合の逸失利益など)
     ②精神的苦痛を被ったことによる慰謝料、うつ病発症によって就労不能となった場合の休業損害、逸失利益
     ③自殺した場合の本人の慰謝料、逸失利益、遺族固有の慰謝料
    などが考えられます。

    5 労働者に特殊事情がある場合
     パワハラを受けた労働者がうつ病を発症した場合や、自殺した場合には、損害額が高額化する可能性がありますが、他方で、労働者側に特殊事情がある場合、パワハラとうつ病発症、自殺との因果関係が否定されたり、労働者の側にも心因的素因があったとして過失相殺が認められたりする可能性があります。
     関連して、長時間にわたる残業によりうつ病に罹患した労働者が死亡した事案で、会社の使用者責任を肯定しつつ、賠償額の決定にあたり、労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が損害の発生又は拡大に寄与した場合、労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様性として通常想定される範囲を外れるものでない場合には、労働者の性格を斟酌することはできないとした判例があります(最高裁(小2)平成12年3月24日判決・民集54巻3号1155頁)。
     他方で、幼稚園に保母として勤務した3か月後に心身症で入院し、翌日に退職したがその1か月後に自殺した保母の事案について、うつ状態に陥って自殺したのは、労働者の性格や心因的要素によるところが大きいとして過失相殺により8割の損害賠償額の減額を認定した原審の判断を維持した判例もあります(最高裁(小2)平成12年6月27日決定・労働判例795号13頁)。

    6 パワハラについてのご相談は、専門家である弁護士に!
     以上のように、何がパワハラに当たるのか、会社はどこまで責任を負わなければならないのか等については慎重に検討する必要があります。深刻な事態に陥った場合、労働者のパワハラ被害の拡大だけではなく、会社側の賠償責任も高額化する恐れがあります。パワハラについて問題が生じたら、まずは専門家である弁護士に相談しましょう。

    弁護士 遠藤啓之


    こちらのコラムをご覧になりご相談をご希望の方は,弁護士遠藤までご連絡ください。

    直通電話 03-5215-7355

    メール   endo@tajima-law.jp

  • 2017/09/06 企業経営 グレーゾーン解消制度の利活用及び弁護士の利用方法(田島・寺西法律事務所)

    グレーゾーン解消制度の利活用及び弁護士の利用方法

    Q 腰に着用すると,筋肉の動作をサポートしつつ自動的に心拍数,体温,発汗量等を計測し,行動のアドバイスをするウェアラブル製品を考案したのですが医薬品医療機器等法の定める「医療機器」として規制を受けるかどうか,ビジネスを始める前に知る手段はあるでしょうか。


    A グレーゾーン解消制度を利用する方法があります。


    1 ビジネスモデルが法律に先行する場面の急増
     今日,既存の法律制定時には想定されていなかったビジネスモデルが急増しており,既存の法律の規制を受けるか明確でない場面が増えています。
    そうした場合に,事業者が法律を自己解釈して(あるいは法律による規制に気付けずに)ビジネスを始めてしまえば,ある程度軌道に乗ったところで所管省庁から法律違反を問われるなどして,ビジネスが頓挫する可能性もあります。

     そこで,ビジネスを本格的に始動させる前に,ビジネスモデルが既存の法律による規制を受けるかどうか予め公的判断を得ておきたい,というニーズに応えたのが,グレーゾーン解消制度です。


    2 グレーゾーン解消制度
     グレーゾーン解消制度とは,事業者が新規に始動させようとするビジネスモデルが既存の法律による規制を受けるかどうか,事業所管省庁を経由して,規制所管省庁に確認する制度です(産業競争力強化法第9条)。
     この制度の特長は,事業者が規制所管省庁に直接照会するのではなく,事業者が事業所管省庁に照会を申請し,それを受けて事業所管省庁が規制所管省庁に照会することにあります(「企業実証特例制度」及び「グレーゾーン解消制度」の利用の手引き」(以下「手引き」といいます)参照)。
     通常,直接的な照会は事業者にとってハードルが高いことから,その点をクリアするために上記のような制度が設けられました。制度上,事業所管省庁が,事業者を実質的にサポートする役割を担うことになります。
     また,制度利用希望者は,一刻も早くビジネスを始動させたいとの考えから,通常,迅速な回答を求めています。このニーズに応えるべく,原則として申請後1か月以内に回答を受けられるとされています。
    制度の流れを整理すると,



    となります。施策がまとめられていく中で,事業者の負担を減らすことが重視された結果,このようにシンプルになっているようです。


    3 企業実証特例制度
     照会の結果,既存の法律による規制を受けると判断されてしまい,そのままではビジネスの始動が不可能な場合でも,企業実証特例制度の活用によってそれが可能となる場合があります。
     企業実証特例制度とは,一定の条件の下,特例的に障害となっている規制を受けずにビジネスをテストする制度で,いわば『企業単位の「特区」認定制度』です(経済産業省:METIジャーナル平成28年12・1月号)。

     企業実証特例制度においては「特例措置の提案」(同法第8条)と「新事業活動計画の認定」(同法第10条)の二段階の申請手続を経ることになります。

     第一段階の「特例措置の提案」においては,まず事業者が事業所管省庁に対し,とある規制に関する特例措置を整備してほしいと要望します。そして,事業所管省庁が,その内容が法の目的・趣旨に照らして適切であると判断される場合に,規制所管省庁と協議・検討し,規制所管省庁が,規制の特例措置を整備するか否か判断します。事業所管省庁が事業者の要望を受けてから,原則として1か月程で整備するか否かの回答を受けられます(手引き参照)。適法に規制を回避する土台作りのようなものです。
     もっとも,規制の特例措置が整備されても,それだけでは事業者はその特例措置を活用できません。特例措置を活用するには,第二段階の「新事業活動計画の認定」が必要となります。
     第二段階においては,まず事業者が新事業活動計画を事業所管省庁に提出します。そして,事業所管省庁が検討し,適切だと認めた場合,認定に先立ち,規制所管省庁に対し同意を求めます。それに対し,規制所管省庁は規制が求める安全性等の観点から検討を行い,適切であると認めた場合,認定に同意します(手引き参照)。認定に同意を得て初めて,特例措置を活用できます。

     なお,第一段階の規制の特例措置の提案を行っていない事業者でも,第二段階の新事業活動計画の認定を受ければ,他の事業者の提案によって設けられた特例措置を活用することが可能です(手引き参照)。他の事業者の提案で作られた土台の利用が可能ということです。


    4 公表されている情報
     平成29年7月21日に経産省より公表された,グレーゾーン解消制度及び企業実証特例制度の活用結果によれば,平成29年4月から6月の3か月間において経産省が申請を処理した件数は,グレーゾーン解消制度が8件(うち中小企業6件)であり,企業実証特例制度が0件のようです。昨年1年間をみれば,グレーゾーン解消制度が24件,企業実証特例制度が1件のようです。
    グレーゾーン解消制度はそれなりに利用されているものの,企業実証特例制度は,今後の更なる活用が期待されるところです。

     グレーゾーン解消制度においては,手引き上,個別の回答結果がそのまま公表されることはなく,もっとも類似の申請が複数あり,回答内容につき類型化・抽象化が可能な場合は,事業所管省庁又は規制所管省庁において,ガイドラインのような形で公表される場合もある,とされています。
     もっとも,法令の解釈に関する照会及びそれに対する回答は,他の事業者にとっても価値ある情報です。それも踏まえてか,例えば経産省においては,事業者と調整したうえで,企業秘密等の企業の機微にかかわらない範囲で,制度利用事例が公表されています(企業実証特例制度及びグレーゾーン解消制度の活用実績)。


    5 医療・ヘルスケア分野に関連する法律
     上記活用実績の中では,医療・ヘルスケア分野のビジネスに関する制度利用が散見されます。
     いくつか例を挙げれば,
    ①フィットネスクラブを運営する企業による,運動機能の維持など生活習慣病の予防のための運動指導に関す
     る照会
    ②簡易血液検査サービスを行う中小企業による,血液の簡易検査とその結果に基づく健康関連情報の提供に関
     する照会
    ③薬局店舗を展開する企業,口腔内の衛生用品等を提供する企業による,薬局店頭における唾液による口腔内
     環境チェックの実施に関する照会
    ④歯ぐきのセルフメディケーションサービスを提供する企業による,唾液を用いた歯ぐきの健康の郵送検査
     サービスに関する照会
     などです。
     制度利用が多い理由は,後述のとおり法律の解釈の難しさもさることながら,人の生命・身体に関するビジネスであり,内在するリスクが大きいこと,またそういったリスクヘッジに対する事業者側の意識が総じて高いことにあるのではないかと考えられます。
     わざわざ医療機関に出向かずとも,身近な場所で,あるいは郵送等の手段で,自身の健康状態を把握できるサービスを提供するビジネスがトレンドの一つであると考えられます。

     医療・ヘルスケア分野において規制を受け得る法律として,医師法や医薬品医療機器等法等が挙げられます(後者の正式名称は「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」であり,旧薬事法が改正されたものになります)。

     医師法に関しては,新規ビジネスモデルにおけるサービスの「医業」「医行為」該当性等が照会されています。
    「医業」は「当該行為を行うに当たり,医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし,又は危害を及ぼすおそれのある行為(医行為)を,反復継続する意思をもって行うこと」と解されています(医師法第17条及び平成17年7月26日厚労省医政局長通知)。
     しかし,同通知にも「ある行為が医行為であるか否かについては,個々の行為の態様に応じ個別具体的に判断する必要がある」と記載されているように,同通知を前提としても医行為該当性の判断はなかなか難しいでしょう。

     医薬品医療機器等法に関しては,新規ビジネスモデルにおける製品の「医療機器」「医薬品」該当性等が照会されています。
     「医療機器」は「人若しくは動物の疾病の診断,治療若しくは予防に使用されること,または人若しくは動物の身体の構造若しくは機能に影響を及ぼすことが目的とされている機械器具等(再生医療等製品を除く)であって,政令で定めるもの」と定められており(医薬品医療機器等法第2条4項),施行令の別表第一に具体的に列挙されています。誰が見ても治療器具だと分かる物から,体温計,コンタクトレンズ,補聴器,家庭用電気治療器(いわゆるマッサージ器)まで含まれます。
     しかし,該当性判断を詳細に定めた通知等が多く,全てを把握するには労力を要し,また通常,新規ビジネスモデルにおける製品は列挙されている物に含まれていないことが多いでしょう。
     同じ様に「医薬品」は「日本薬局方に収められている物」(1号),「人又は動物の疾病の診断,治療又は予防に使用されることが目的とされている物であって,機械器具等でないもの(医薬部外品及び再生医療等製品を除く)」(2号),「人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物であって,機械器具等でないもの(医薬部外品,化粧品及び再生医療等製品を除く)」と規定されていますが,その該当性の判断は簡単ではありません。
     その他,同法においては「医薬部外品」「化粧品」も定義づけられていますが,新規ビジネスモデルにおける製品がこれらに該当するかは,同様に判断が難しいところです。


    6 IoT分野に関連する法律
     IoTデバイスが急増し,既存のものに様々な機能が付加された製品が登場しています。それに伴い,それらに関する照会も増えているように見受けられます。
     この分野において規制を受け得る法律としては,電気用品安全法,消費生活用製品安全法等が挙げられます。

     電気用品安全法に関しては,「電気用品(特定電気用品を含む)」が規制対象であり,これに該当すると,事業の届出が必要になる等の様々な規制を受ける可能性があります。
     「電気用品」については,上記の「医療機器」同様,施行令別表でそれぞれ具体的に列挙されています。また,「電気用品の範囲等の解釈について」(平成26年12月22日商局第1号)「電気用品安全法 法令業務実施ガイド(第3版)」(平成29年1月1日)等の通達等も公表されています。もっとも,「医療機器」同様,通達等の内容の把握には一定の労力を要することになります。また,人の生命・身体に危害を及ぼす可能性があるからこそ規制されており,該当するとなれば必ず規制に従う必要があるので,慎重な判断が求められます。

     消費生活用製品安全法に関しては,「消費生活用製品」が規制対象であり,これに関する事故が発生した場合について規制されているほか,「特定製品(特別特定製品を含む)」「特定保守製品」に該当すると,電気用品安全法と似たような規制を受けます。また,「消費生活用製品安全法特定製品関係の運用及び解釈について」(平成22年12月10日商局第1号)等の通達等も公表されています。
     該当する物はそれほど多くありませんが,圧力鍋,乳幼児ベッド,ライター等が含まれており,例えば荷重の情報等から乳幼児の行動をデータ化して,健康状態を把握したり危険を防止したりするベッド様の製品を開発すれば,規制を受けるかもしれません。


    7 専門家の利用の意義
     グレーゾーン解消制度の利用に当たっては,具体的に何を確認したいのか整理しておく必要があります。「規制の根拠となる法令がどのような規定となっており,そのうち,どの部分の解釈が明らかでないのか,新事業活動が規制の対象となるのか否かが判断できないポイントや,それによって新事業活動を行うことが難しい理由に加え,そのことに関する自己の見解を記載」することが求められているからです(手引き参照)。
      
     注意して頂きたいのは,照会結果は,照会時に存在するあらゆる法律の規制を受けるか否かについての回答ではないという点です。制度利用に当たっては上記のとおり,どの法律の(さらにはどの条文のどの文言による)規制を受けるか,ということを特定する必要があり,必然的に回答もその法律に(さらにはその条文のその文言解釈に)限定されます。したがって,事業者において,どの法律について照会すべきか予め精査する必要があります。
     もっとも,新しいビジネスモデルにおけるサービス・製品が革新的であればその分,想定していなかった法律による規制を受ける可能性が拡大します。そうした場合,どの法律に留意すべきか(そしてどの法律について照会すべきか)把握するうえで,弁護士を利用すれば時間を短縮できます。5や6で上記したとおり,判断が難しい場面が多々存在するわけですが,そもそもどの法律の規制に留意する必要があるのか,その見極めに時間を要することがあるからです。

     もちろん,上記のとおり,事業所管省庁が事業者に寄り添い,実質的にサポートする体制が整えられているので,漠然とした法律上の不安があるという段階でも,事業所管省庁にアクセスすれば親身になってサポートして頂けるものと思います。
    ただし,申請に対する回答は原則1か月以内とされていますが,事業所管省庁に対する事前相談期間はこれに含まれません。そこで,事業所管省庁に相談に行く前に弁護士を利用して,ビジネスモデルの法的リスクを洗い出しておけば,事前相談を踏まえても長くはかからないでしょう。
     また,規制を受けるか否かの判断が微妙であることが窺われるケースにおいて,法的観点から少しでも有利になるように自己の見解を記載したいと考える場合,弁護士であれば公的立場からではなく,より事業者に寄り添った立場からアドバイスすることが可能です。
     
     予め法的リスクを排除できれば,それだけビジネスの展開に注力できると思います。

    田島・寺西法律事務所


    このコラム執筆者へのご相談をご希望の方は,こちらまでご連絡ください。
    ※ご連絡の際には,コラムをご覧になられた旨,及び,執筆弁護士名の記載がある場合には弁護士名をお伝えください。


    直通電話 03-5215-7354

    メール   advice@tajima-law.jp




  • 2017/08/09 知的財産 インターネット上にあるイラストの使用上の問題点(田島・寺西法律事務所)

    インターネット上にあるイラストの使用上の問題点

    Q 当社部署内のプレゼン用資料にイラストを挿し入れたいのですが,インターネットで「イラスト 無料」と検索してヒットしたものであれば自由に使えるでしょうか。


    A 著作権侵害に該当し,後日イラスト使用料を請求される可能性があります。


    1 問題の所在

     今日,インターネットで検索すれば,様々なイラストが表示されます。 会社の広告宣伝用のチラシ,プレゼン用資料,ホームページやSNS等,イラストを挿し入れたい場合に,インターネット上で見つけたイラストを使えれば便利でしょう。しかし,その際,そのイラストの使用行為が第三者の著作権を侵害しないか,注意する必要があります。

     イラストと一口に言っても様々で,有名な漫画の登場人物のイラストやCGを駆使して緻密に描かれたイラスト等,誰もが著作権を侵害するかもしれないと思うに至り,自由に使用することに抵抗感を覚えるものから,シンプルな風景画や人物のシルエット画等,何らか価値があるとはおよそ考えにくいものまであります。実際,インターネット上においては特に後者のようなイラストについて,深く考えずに(おそらく著作権者に無断で)使用していると思われる例が散見されます。

     しかし,どのようなイラストについても,それを無断で使用することは,著作権侵害に該当する可能性があるのです。
     現に「有料イラスト 無断使用 ニュース」で検索すれば,行政が有料イラストを無断で使用したとのニュースが散見されるほどです(高知県による無断使用(産経ニュース))や,岡山市による無断使用(山陽新聞digital)等)。

     では,どのような場合に,イラストを自由に使用できるのでしょうか(なお,ここでいう「自由に」とは,著作者ないしは著作権者の個別の許諾を得なくとも,という意味で用いています(以下同じ))。


    2 著作物該当性


     大前提として,著作権は著作物について発生するので,使用したいイラストが著作物に該当しないのであれば,著作権を侵害することもありません。
     著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであって,文芸,学術,美術又は音楽に属するものをいう」(著作権法第2条1項1号)と定義されています。このうち「思想又は感情が表現されているか」そして「創作的か(他者の表現と異なるか)」という点が,著作物性を判断するカギといえます。
     しかし,「思想又は感情が表現されているか」又は「創作的か」の判断は難しく,また著作権は特許権・商標権と異なり,登録して初めて権利が生じるのではなく,著作物を創作した時点でいわば自然発生します。したがって,そのイラストが著作物に該当するか否か判断できる一見して明らかなメルクマールは存在しません。
     イラストに関していえば,どれだけシンプルなものであっても,あえてシンプルにした点が創作的であるといえることもあり,原則として著作物として扱った方がリスク回避という観点からは望ましいでしょう。仮に創作的であるか疑わしく,著作物性が疑わしいものについても,著作物だといわれてしまえば,最終的には訴訟等で明らかにするほかありません。
     以上のとおりであるので,イラストを使用したいと考えたときに,それが著作物に該当するかを考えるよりも,そのイラストが自由に使えるかどうかを見極める必要があります。


    3 著作権者の許諾


     イラストが自由に使えるものかどうかは,著作者ないしは著作権者(著作者と著作権者が異なる場合もありますが,以下では便宜上著作権者で統一します)が,その自由な使用を許諾しているかによります。
     もちろん,著作権法上,許諾がなければあらゆる用途の使用ができないとされているわけではなく,一定の場合には例外的に,著作権者の意思にかかわらず使用が認められています。例えば「私的使用のための複製」です。
     複製とは「印刷,写真,複写,録音,録画その他の方法により有形的に再製すること」を指し(法第2条1項15号),私的使用であれば,インターネット上のイラストを何枚プリントアウトしても良いことになります。
     しかし「私的使用」は「個人的に又は家庭内」で使用する場合等,ごく限られた範囲でしか認められません(法第30条)。したがって,社内において,少人数部署内でのプレゼン用資料にイラストを挿し入れて印刷する行為も「私的使用のための複製」とはいえず複製権侵害となります(法第21条。なお配布すれば頒布権の侵害にもなります(法第26条))。
     現実問題としてそれが表面化しないのは,単に,事実が明るみに出ず,又は出たとしても目くじらを立てる程のことではないことが通常だからです。もっとも後述するように,事後的な高額請求事案も散見されます。
     以上のとおり,会社の業務上イラストを使おうとする場合,「私的使用のための複製」のような著作権法上の例外に該当して自由な使用が認められる,という場合は少ないと思われます。そうであるからこそ,著作権者が,その自由な使用を許諾しているかが重要になります。


    4 インターネットでイラストを探す場合の注意点


     検索エンジンを利用して自由に使える無料のイラストを検索する場合,検索したいキーワードを打ち込み,検索結果のうちの画像のみを表示させ,いわゆるサムネイルの状態で各画像を吟味する,という過程を経ることになると思われますが,各画像それぞれに,その画像が保存・保管されているサイトに飛べるリンクが付されています。少なくともそのリンク先に飛び,当該イラストが自由に使用できるものとされているか(また無料であるか)を確認することが重要です。
     サイトの中には,冒頭で「本サイト内のイラストは無償で自由にご利用頂けます」などと謳っているものや「本サイト内のイラストは全て著作権フリーです」と記載されているものもあります。しかし,その文言だけで判断できない場合も多いことから,その趣旨について注意深く読み込み,著作権者が誰であるかを示す識別情報や権利関係が明確で,真に自由な使用が許諾されているかを確認する必要があります。
     サイトによっては,上記の識別情報や権利関係が不明確なものも存在するでしょうが,そうしたイラストについては使用を控えるべきです。有料イラストの無断使用に関して損害賠償が求められた裁判例(東京地判平成27年4月15日)においても「フリーサイトから入手したものだとしても,識別情報や権利関係の不明な著作物の利用を控えるべきことは,著作権等を侵害する可能性がある以上当然」と判示されています(以下「平成27年東京地裁判決」といいます)。

     なお,注意が必要なのは,インターネット上で「無料」と謳われているイラストです。
     インターネット上の有料のイラストに関しては,そもそも著作権者の許諾がないと使用できない場合が多く(イラスト上に「SAMPLE」の透かし文字が表示されるなどして,文字の入っていない高画質のイラストは料金を支払わないと入手できない等),そういった場合は通常,料金の支払と共に個別の著作物使用許諾もなされるので問題になりません(もちろん「SAMPLE」の文字入りの低画質のイラストについても,自由な使用が許諾されていないことが多いでしょう)。
     一方,無料のイラストは,使おうと思えばダウンロードして自由に使えることが多いですが,その使用に対価が発生しないにとどまり,それがそのまま自由に使えることを意味するわけではありません。
     検索エンジンで「イラスト 無料」と検索した経験のある方は少なくないと思われますが,そもそも無料であることと,自由に使えることは同義ではないのです。無料であっても,その使用又は使用方法が限定されている場合があります。したがって,たとえ無料であって自由にダウンロードできるとしても,自由に使えるかどうか上記の識別情報や権利関係を確認する必要があります。


    5 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

     最近は,クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(CCJP)(活動母体:特定非営利活動法人 コモンスフィア)の普及する,クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)を導入するサイトもあります。
     ここでは「法律や技術に関する専門的な知識がなくても,自分の希望する条件を組み合わせることで,自分の作品をインターネットを通じて世界に発信することができる画期的なライセンスシステム」が創設されており(クリエイティブ・コモンズ・ジャパンホームページ FAQ よくある質問と回答),複数のアイコンを組み合わせた表示を著作物と共に示すことで,その著作物の使用にどのような制限がかかっているかを容易に知り得る仕組みが設けられています。この仕組みを利用しているサイトでは,そのサイト内に存在するイラストをどのように使うことが許諾されているか,各イラストに明示されているので,非常にわかりやすくなっています。


    6 悪意を持った者が存在する可能性

     著作権者の権利と,著作物を利用したい者の要望は対立することも多く,インターネットを通じて発表した著作物が,使用を一切許諾していないにもかかわらず第三者に無断転用される等,保護されて然るべき権利が保護されていない事例も多く存在します。
    これに対しては,どのようなイラストでも著作物として保護されるべきであり,著作権者保護の観点からして,その使用に正当な対価が支払われるべきとの高いコピーライトリテラシーの下,イラストを著作物として扱うことを明示したうえで,その使用を有料とするサイトも見られます。

     一方で,一般消費者又は企業の知識不足につけ込み,無料で自由に使えると誤信してイラスト等を使用した者に対して,一定期間経過後,当該期間中の使用の対価を請求するような悪意を感じさせる事例も散見されます。「「イラスト 無料」と検索して見つけたから,自由に使えると思っていた,無料だと思っていた」と反論しても,元のサイトに飛べば有料であることは明らかであり,その確認という簡単なステップさえ怠った点に落ち度がある,との再反論の前に沈黙を余儀なくされることもあるでしょう。
     検索エンジン上においても「画像は著作権で保護されている場合があります」との注意が記載されているので,最終的に不法行為における故意又は過失が立証されてしまう可能性が高いと思われます。平成27年東京地裁判決においては,著作権侵害行為の主体者の「経歴及び立場に照らせば」との前提で,著作権侵害の未必の故意(積極的ではなくとも,結果の発生をやむを得ないものとして認識し,認容する故意)まで認められてしまっています。

     イラスト使用料については,その高さに驚くような例もあり得るところですが,平成27年東京地裁判決において,原告の設定していたそもそものイラスト使用料を損害賠償金額の算出根拠とするには高すぎる,と被告が争った点に関し「利用者がこれらのコンテンツを購入,ダウンロードできる本件サービスを提供するなど,相当な市場開発努力をしているばかりか,当該市場において相当程度の信頼を勝ち取っていることが認められるのであり,また,その使用料金が当該市場において特に高額なものとも認められない」と判示され,被告の反論が退けられています。したがって,高額と感じたとしても,その使用料が損害賠償金額の算出根拠とされる可能性があります。

     厄介なことに「イラスト 無料」のように検索しても,有料のイラストがヒットする可能性はあります(検索エンジンにその責任を問うことは検索エンジンの性質上難しいでしょう)。上記のような事後的な高額請求を避けるためには,インターネット上のイラストを使用する際は,十分に注意する必要があります。


    田島・寺西法律事務所


    このコラム執筆者へのご相談をご希望の方は,こちらまでご連絡ください。
    ※ご連絡の際には,コラムをご覧になられた旨,及び,執筆弁護士名の記載がある場合には弁護士名をお伝えください。

    直通電話 03-5215-7354

    メール   advice@tajima-law.jp

  • 2017/04/04 商取引 強制執行と銀行口座の調査について(進藤亮弁護士)

    強制執行と銀行口座の調査について

    【Question】
     民事訴訟で「被告は原告に対して●万円を支払え」という勝訴判決を勝ち取り,その判決は確定したのですが,相手方が判決に従った支払いをしてくれません。

     相手方は預貯金を蓄えているように思えるため,相手方の預貯金に対して強制執行することを検討しているのですが,相手方がどこの金融機関に口座を保有しているか全くわからない状態にあります。
     相手方が保有している預貯金口座を調査する手立てはないでしょうか。

    【Answer】
     弁護士会照会制度を利用することにより,以下の金融機関から「預金口座の有無」,「支店名」,「口座科目」,「預金残高(回答日時点)」の情報を得られる可能性があります(2017年4月1日時点)。
    ・ 三井住友銀行
    ・ みずほ銀行
    ・ 三菱東京UFJ銀行
    ・ ゆうちょ銀行

     なお,上記以外の金融機関については,照会への回答に口座名義人の同意が必要とされる場合が多く,その場合,「口座名義人の承諾がない場合は回答できない」という旨の回答がなされることになります。それゆえ,口座情報を得られる可能性は低いと言えます。

    【解説】
     弁護士会照会制度は,弁護士法第23条の2に規定された法律上の制度です。弁護士が受任した事件について証拠等を収集し,事実を調査するなど,その職務活動を円滑に処理するための手段として,法律上認められたものです。
     弁護士会が「照会権」を有しており,個々の弁護士は弁護士会に対する「照会申出権」を有しています。事実の調査等のため,弁護士が弁護士会に対して照会申し出をすると,弁護士会から照会先に必要な事項の報告を求め,照会先から弁護士会に回答がなされます。照会申し出をした弁護士は,弁護士会を経由して照会先からの回答を得ることになります。

     従前は,金融機関の多くが,弁護士照会への回答をするにあたっては口座名義人の同意を要求し,これがない場合には照会事項に回答しないという運用をしていました。
     しかしながら,今般,三井住友銀行及びみずほ銀行においては,判決や和解調書等の債務名義があるケースにおいて,債権差押えの準備のための預金残高の全店照会に応じる運用が開始されました。また,三菱東京UFJ銀行やゆうちょ銀行においても,近時の傾向として,同様のケースでの債権差押えの準備のための弁護士会照会に対して,協力的な運用をするようになっています(2017年4月1日時点)。

     勝訴判決を獲得後に預金債権の差押えをするにあたっては,金融機関名と取扱い支店名まで特定する必要があり,支店名まで特定されていない場合には差押債権の特定を欠くとして,債権差押え申立は不適法として却下されてしまいます。それゆえ,勝訴判決などの債務名義を得ても,口座情報を十分に調査できないことから,差押の対象となる債権が特定できないとして差し押さえることができず,勝訴判決が「絵に描いた餅」となっていたケースが散見されました。
     今般,一部の金融機関とはいえ三大メガバンクとゆうちょ銀行が,債権差押えの準備のための弁護士会照会に応じる運用を取るようになったことは,勝訴当事者による債権差押えの可能性を開き,権利の実現の一助になると言えるでしょう。

     ちなみに,弁護士会照会の1件当たりの費用(東京弁護士会に支払うべき費用・手数料※)は,8344円です(手数料7560円,郵便料784円。2017年3月16日現在)。また,法律扶助事件(法テラス利用の事件)の場合には,手数料7560円が免除され,郵便料784円のみの負担で利用することができます(2017年3月16日現在)。
    (※上記金額は弁護士会照会のための実費であり,調査等を受任した弁護士に対する弁護士報酬とは異なります。)

     なお,確定判決によって確定した権利については,消滅するまでの時効期間は10年とされています(民法174条の2第1項)。
     過去に勝訴判決を得ながら,預貯金口座の特定の問題等で強制執行ができずにいた方は,時効により権利が消滅する前に,弁護士会照会により預貯金の有無等を調査されることを検討する価値はあるのではないかと思料します。

    弁護士 進藤 亮

                     


    こちらのコラムをご覧になりご相談をご希望の方は,弁護士進藤までご連絡ください。

    直通電話 03-5215-7380

    メール   shindo@tajima-law.jp