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> 2021/10/13 企業経営
改正公益通報者保護法に基づき事業者がとるべき措置に関する指針の公表と実務上の留意点
1 はじめに
公益通報者保護法の改正を受けて,消費者庁から,公益通報者保護法第11条第4項の規定に基づき,公益通報対応業務従事者の定め(同条第1項)及び事業者内部における公益通報に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置(同条第2項)に関し,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針が公表されました(令和3年8月20日内閣府告示第118号)。 今後,これに基づく解説が公表される予定ですが,ここでは,指針に基づき実務的に求められる対応のポイントを,事業者の立場に立って概説します。
2 従事者の定め(法第11条第1項)に関して
指針は第3項において,従事者の定めとして次の通り定めています。
1 事業者は、内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関して公益通 報対応業務を行う者であり、かつ、当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者を、従事者として定めなければならない。
2 事業者は、従事者を定める際には、書面により指定をするなど、従事者の地位に就くことが従事者となる者自身に明らかとなる方法により定めなければならない。
【解説】
改正法は,公益通報対応業務を行う者であり,かつ当該業務に関して公益通報者を特定させる事項を伝達される者(以下,「公益通報対応業務従事者」といいます)に対しては,正当な理由なくして当該業務に関して知り得た事項で通報者を特定させるものを漏えいしてはならないとし(法12条),違反行為に対しては30万円以下の罰金を科すものとしています(法21条)。
この義務と責任を科せられる主体となることを本人に明確に認識させることを事業者に求めるのが本項の趣旨です。
公益通報対応業務従事者が通報者を特定可能な情報を漏えいさせることは,通報者の特定とその不利益処分を誘発する虞のあるもので,公益内部通報制度の健全な運用を阻害するものとして,刑事罰をもってそれを阻止しようとする趣旨は正当ですが,従事者に過酷な結果とならないよう事業者としての準備対応が必要です。
【重要ポイント1 公益通報対応業務従事者の業務フローの明確化】
公益通報対応業務従事者に,この義務と責任を科す前提として,公益通報対応業務従事者にその地位にあることの認識を明確に持たせることはもちろん,どのような業務処理を行えば通報者特定可能情報の漏えいとならないか,その業務フローを明確化し,そのモデルを示すことが事業者として求められます。消費者庁が今後示す解説や資料を踏まえて,Q&A等を作成して教育・研修を行うことも重要です。
3 部門横断的な公益通報対応業務を行う体制の整備(法第11条第2項)に関して
指針は,第4項1において,上記体制整備として次の通り定めています。
(1) 内部公益通報受付窓口の設置等
内部公益通報受付窓口を設置し、当該窓口に寄せられる内部公益通報を受け、調査をし、是正に必要な措置をとる部署及び責任者を明確に定める。
(2) 組織の長その他幹部からの独立性の確保に関する措置
内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に係る公益通報対応業務に関して、組織の長その他幹部に関係する事案については、これらの者からの独立性を確保する措置をとる。
(3) 公益通報対応業務の実施に関する措置
内部公益通報受付窓口において内部公益通報を受け付け、正当な理由がある場合を除いて、必要な調査を実施する。そして、当該調査の結果、通報対象事実に係る法令違反行為が明らかになった場合には、速やかに是正に必要な措置をとる。また、是正に必要な措置をとった後、当該措置が適切に機能しているかを確認し、適切に機能していない場合には、改めて是正に必要な措置をとる。
(4) 公益通報対応業務における利益相反の排除に関する措置
内部公益通報受付窓口において受け付ける内部公益通報に関し行われる公益通報対応業務について、事案に関係する者を公益通報対応業務に関与させない措置をとる。
【解説】
内部公益通報受付窓口の設置に際し,是正に必要な措置を執る部署と責任者を明確に定めることはその出発点です。組織の長・幹部に関わる事案での独立性の確保もまた,通報調査を機能させるために不可欠です。事案関係者の利益相反の観点からの排除も同様です。通報に対応して必要な調査を実施し,判明した法令違反等に対する速やかな是正措置と事後の機能状況の確認等も通報制度としてのいわばパッケージと言えます。
【重要ポイント2 通報対応サブラインの必要性】
組織の長・幹部に関わる場面として究極の場面は経営トップの不正となります。その時でも機能する調査体制とは監査役(あるいは監査等委員たる取締役)による調査体制です。事業者としては,経営の根幹に関わる事案・経営トップに関わる事案対応のための通報対応サブラインとして監査役ルートを設置し,規程上もその要件を定めるべきでしょう。
【重要ポイント3 通報を将来に活かす姿勢の重要性】
通報に基づく調査の結果,法令違反等の対象事実が判然としないことは,むしろよくあることです。その際に,単に通報対象事実が存在しないことをもって対応を完了するのではなく,今後に備えてガバナンスのあり方を再検討することが重要です。例えば,取引先にキックバックを要求している疑念がある場合に,単独交渉を許さないこととし,交渉メールのCCに担当課の別の社員を入れるよう運用を変えることで,そのような要求は事実上難しくなる可能性があります。あるいは,パワハラに関する通報は間々観られますが,それに該当しないとの事例判断であっても,穏当ではない言動が精神的苦痛を与えかねないことを社内研修等で広く浸透させるだけで将来のパワハラは抑止できる可能性が高まります。内部公益通報を将来のガバナンス向上とコンプライアンス堅持に活かす姿勢が重要です。
4 公益通報者を保護する体制の整備(法第11条第2項)に関して
指針は,第4項2において,上記体制整備として次の通り定めています。
(1) 不利益な取扱いの防止に関する措置
イ 事業者の労働者及び役員等が不利益な取扱いを行うことを防ぐための措置をとるとともに、公益通報者が不利益な取扱いを受けていないかを把握する措置をとり、不利益な取扱いを把握した場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
ロ 不利益な取扱いが行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。
(2) 範囲外共有等の防止に関する措置
イ 事業者の労働者及び役員等が範囲外共有を行うことを防ぐための措置をとり、範囲外共有が行われた場合には、適切な救済・回復の措置をとる。
ロ 事業者の労働者及び役員等が、公益通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査が実施できないなどのやむを得ない場合を除いて、通報者の探索を行うことを防ぐための措置をとる。
ハ 範囲外共有や通報者の探索が行われた場合に、当該行為を行った労働者及び役員等に対して、行為態様、被害の程度、その他情状等の諸般の事情を考慮して、懲戒処分その他適切な措置をとる。
【解説】
内部公益通報に起因する不利益取扱いを防止し通報者を保護することは,内部公益通報制度を活かすための生命線と言うべきものです。また,公益内部通報に関する情報の範囲外共有は,通報者探索,ひいては通報者に対する不利益処分の誘因ともなりやすいものです。いずれも社内規程で明確にこれを制限すると共に,違反行為に対する懲戒処分その他の適切な措置が執れるよう体制整備をしなくてはなりません。これらが許されないことを経営トップのメッセージとして事業者内に浸透させることも重要です。
【重要ポイント4 情報共有範囲の明確化】
そもそも通報対応に必要な情報共有の範囲がどの範囲なのか,その主体,情報内容の範囲を,事前に明確に定めることが出発点となります。主体の点では,通報対応・調査に関与する担当者は担当部署において一般に定められていることと思料しますが,事案の関係者として利益相反の観点から関与できない場合もあり,事案毎に情報共有範囲を明確化する作業が必要となります。
また,情報内容の点では,通報者との直接の連絡の必要性,調査の際の事実関係把握の必要性等の点で,必要な情報は異なり得るので,不必要に広範な情報を共有するべきではないでしょう。必要性のない範囲では内部公益通報者が特定されないよう匿名化して業務処理を行うことも,その特定による不利益処分防止のためには重要です。
5 内部公益通報対応体制を実効的に機能させるための措置(法第11条第2項)に関して
指針は,第4項3において,上記措置として次の通り定めています。
(1) 労働者等及び役員並びに退職者に対する教育・周知に関する措置
イ 法及び内部公益通報対応体制について、労働者等及び役員並びに退職者に対して教育・周知を行う。また、従事者に対しては、公益通報者を特定させる事項の取扱いについて、特に十分に教育を行う。
ロ 労働者等及び役員並びに退職者から寄せられる、内部公益通報対応体制の仕組みや不利益な取扱いに関する質問・相談に対応する。
(2) 是正措置等の通知に関する措置書面により内部公益通報を受けた場合において、当該内部公益通報に係る通報対象事実の中止その他是正に必要な措置をとったときはその旨を、当該内部公益通報に係る通報対象事実がないときはその旨を、適正な業務の遂行及び利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において、当該内部公益通報を行った者に対し、速やかに通知する。
(3) 記録の保管、見直し・改善、運用実績の労働者等及び役員への開示に関する措置
イ 内部公益通報への対応に関する記録を作成し、適切な期間保管する。
ロ 内部公益通報対応体制の定期的な評価・点検を実施し、必要に応じて内部公益通報対応体制の改善を行う。
ハ 内部公益通報受付窓口に寄せられた内部公益通報に関する運用実績の概要を、適正な業務の遂行及び利害関係人の秘密、信用、名誉、プライバシー等の保護に支障がない範囲において労働者等及び役員に開示する。
(4) 内部規程の策定及び運用に関する措置
この指針において求められる事項について、内部規程において定め、また、当該規程の定めに従って運用する。
【解説】
内部公益通報対応体制を実効的に機能させるためには,労働者等,役員,退職者に対する適切な教育・周知とその質問・相談への対応は不可欠です。また,内部公益通報対応による調査結果の通報者へのフィードバックは,通報で指摘された事実についての事業者としての調査結果を明確にして事案解決を図ると共に,適切な通報対応実施のための制度的担保とも言うべきものです。さらに,通報対応に関する記録の作成,保管は,通報対象事実及び通報対応に関する紛争に備えると共に事業者としての適切な通報対応の証明手段として重要です。対応体制の定期的な評価・点検は内部公益通報体制の改善に不可欠なものであり,また,運用実績の概要の労働者等及び役員への開示は,制度運用状況の確認と共に,通報者を特定されることなく調査が実施され事案解決に至った前例を通じて,制度への信頼感醸成の基礎となるべきものです。
【重要ポイント5 内部公益通報の記録作成と運用実績開示の実効性向上】
指針は,不利益取扱い及び範囲外共有防止のための措置を定め,それらの事態に際しては適切な救済・回復措置と違反に対する懲戒処分等の措置を求めています(第4項2)。したがって,通報対応においては,これらの措置の実施状況をもチェックすると共に記録化することで,制度の適正な運用状況の継続的確認が可能となり,後の制度改善にも活かされることになります。また,制度の運用実績の開示に当たっても,上記遵守状況は不利益処分の虞から通報をためらう可能性のある社員がまさに知りたい情報なのであり,これを含めた開示がなされることで,制度への信頼感はより効果的に高まると思料されます。
6 終わりに
内部公益通報制度は,不祥事の早期発見と自浄のために必要かつ極めて有益な制度です。その運用に際しては,通報対象事実の存否に着眼した調査を形式的に行うだけではなく,調査を契機に判明する課題にも目を向けることが重要です。また,通報対象事実が認定できない場合,当該結論をもって通報調査としては一段落するとはいえ,通報対応としては通報を将来に活かす姿勢に立ち,業務フローの変更や社内アンケート,研修の実施等による業務改善を行うことでガバナンス,コンプライアンスのあり方の再検討に繋げるべきものです。通報制度が機能することによる福利は,事業者内外の様々なステークホルダーに及ぶことを忘れては行けません。
以上
弁護士 田島 正広
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