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> 2021/08/12 企業経営

公益通報者保護法改正の概要とポイント(2020年(令和2年)改正法)

公益通報者保護法は,公益通報者を社内の不利益処分から保護すると共に,国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り,国民生活の安定及び社会経済の健全な発展を実現するものです(法1条)。 同法は,2004年(平成16年)に公布され,2006年(平成18年)から施行されていますが,しかし,その後も法人,組織の不祥事の隠ぺいは後を絶たず,また公益通報者に対する不利益処分も散見される状況が続いています。そこで,公益通報者の保護をより確実にし,公益通報制度の実効性を高め,不祥事の早期是正と被害防止を実現するため,2020年(令和2年)同法は改正されました(2年以内に施行予定)。以下にその概要を紹介します。

1 2020年(令和2年)改正法の概要

同改正法の概要(消費者庁ウェブサイト)によれば,改正の基本的視点は次の通りです。

① 事業者自ら不正を是正しやすくするとともに,安心して通報を行いやすくすること
② 行政機関等への通報を行いやすくすること
③ 通報者がより保護されやすくすること

これを制度の改善点毎に考察すると,講学上次の通り分析されています。

(1)【公益通報の範囲の拡大】 
・公益通報の主体に退職者、役員を追加しました。

・通報対象事実に過料の対象となる行為及び本法違反行為を追加しました。

・2号通報(監督行政機関への通報)通報先に行政機関が予め定めた者(=外部委託先)を追加しました。

(2)【公益通報者保護の拡充】
・労働者による2号通報では、真実相当性がなくとも一定事項を記載した書面を提出すれば保護します。
・労働者による3号通報(第三者への通報)では、通報者情報漏えい、重大な財産被害に相当の理由がある場合を保護します。
・退職者・役員を不利益処分から保護し、通報により解任された役員には損害賠償請求権を認めました。
・通報を理由とする通報者の損害賠償義務を免責しました。

(3)【事業者・行政機関の措置の拡充】
・事業者に通報対応業務従事者設置義務、同従事者に守秘義務を課しました。
・行政機関に2号通報への調査・適当な措置、体制整備を義務付けました。

参照:NBL No.1177 4頁以下



2 改正法のポイント

(1) 公益通報の範囲の拡大
① 公益通報の主体の拡大(法2条1項1号、同条2項4号)
・通報制度の実効化への期待から、退職者(「労働者であった者」)を退職後1年に限り公益通報の主体に加えて不利益処分(ex.退職金不支給)から保護することとしました(法2条1項1号)。
・組織内での対応の限界と通報による解決への期待から、「法令の規定に基づく」「法人の役員」を公益通報の主体に加えて不利益処分(解任を除く)から保護することとしました(法2条2項4号)。解任時には損害賠償請求権を認めています(法6条)。会計監査人は独立的であることから対象外とされました。

② 通報対象事実の拡大(法2条3項1号)
・通報制度による法令違反行為是正の推進への期待から、通報対象事実に刑事罰対象行為のみならず過料対象行為を加えました。命令違反が対象となる行為も刑事罰同様含まれます(法2条3項1号)。
・通報制度の実効化の観点から導入された公益通報対応業務従事者の守秘義務(法12条)、事業者の報告義務(法15条)の違反行為も罰金(法21条,12条)、過料(法22条、15条)が課せられることとなったことから、これらの義務違反行為も通報対象事実に含まれることとなりました(法2条3項1号)。
【重要ポイント1】社内外の通報窓口に公益内部通報を行った結果,公益通報対応業務従事者が通報者を特定可能な事項を情報共有すべき範囲を超えて拡散させて通報者が所属部署内でも特定されてしまった場合,これ自体もまた公益通報者保護制度が対象とする通報対象事実となります。通報の取り扱いへの細心の注意が必要とされます。

③ 2号通報の通報先の拡大(法2条1項柱書)
・監督官庁が2号通報の外部窓口を設置することができるよう、監督権限のある「行政機関があらかじめ定めた者」を2号通報の通報先に追加しました(法2条1項柱書)。


(2) 公益通報者保護の拡充
① 労働者による2号通報の要件緩和(法3条2号)
・事業者の経営陣の不正の場合1号通報(組織内及び指定窓口への通報)の機能不全が懸念され、2号通報への期待も高まるところ、行政機関職員には職務上の守秘義務があり、情報漏えいの虞も少ないことから、保護要件を緩和しました。真実相当性がない場合であっても、通報対象事実が生じ、または生じようとしていると思料し、かつ以下の事項を記載した書面(電子メール含む)を提出した場合を保護対象に加えています(法3条2号)。
 (イ)公益通報者の氏名又は名称及び住所又は居所
 (ロ)当該通報対象事実の内容
 (ハ)上記思料の理由
 (ニ)当該通報対象事実について法令に基づく措置等適当な措置がとられるべきと思料する理由
重要ポイント2】行政機関への公益通報がよりしやすくなることが想定されるので,企業等としては,より一層不祥事の早期発見,撲滅に真剣に取り組むことが求められることになります。同時に,1号通報による自浄機能を維持・発展させるためには,1号通報をより利用しやすくすると共に,通報者の保護を図り,その運用実績に基づく社員の安心感,信頼感を高めて,社員に1号通報を選択してもらえるような機運を醸成することが重要です。

② 労働者による3号通報の要件緩和(法3条3号)
・通報者探しによる不利益取扱いへの懸念がある場合でも通報制度を機能させるため、1号通報をすれば、「役務提供先が、当該公益通報者について知り得た事項を、同人を特定させると知りながら、正当理由なく漏らすと信ずるに足りる相当の理由がある場合」を3号通報として保護することとしました(法3条3号ハ)。
【重要ポイント3】公益通報者の保護が期待できない法人,組織においては,組織外の第三者への通報が容認されることになります。自浄の機会を確保するためには,日頃から公益内部通報者保護制度を適切に運用し,その実績を社内外に公表して,不利益取扱いへの懸念を払拭しておくことが重要です。
・法益侵害の重大性に鑑みて、個人の生命・身体に対する危害のみならず、個人の財産に対する損害についても、その発生又は発生する急迫した危険があると信ずるに足りる相当の理由がある場合を保護対象に加えました(法3条3号ヘ)。

③ 退職者・役員の不利益取扱いからの保護(法5条1項及び3項、6条)
・公益通報の主体に加えられた退職者・役員に対する通報を理由とする不利益取扱い禁止を禁止しました(法3条3号ハ)。
  ex) 退職者→退職金の不支給,
      役員→報酬の減額、取締役会通知の不送付
【重要ポイント4】組織に所属している限りは人間関係もあって内部通報がはばかられることも時に懸念されますが,退職者となれば,自由にモノが言える立場になることが多いでしょう。退職した今だから言えることを聞き出すことは,コンプライアンス体制の堅持には非常に有益な手段と言えます。退職理由の本音の部分が,実は法令,企業倫理違反行為に関連している可能性は否定できません。
・役員は事業者と委任・準委任関係にあり、信頼関係が失われれば解任はやむを得ませんが(法5条3項で保護対象から除外)、通報を躊躇させないよう公益通報を理由とする解任による損害賠償請求権を保障しました(法6条)。

④ 通報を理由とする損害賠償義務の免責(法7条)
・公益通報による事業者の名誉、信用等の損害賠償義務を懸念して通報を躊躇しないよう、労働者・退職者・役員の全てにつき法3条・6条による通報を理由とする損害賠償義務を免責しました(法7条)。
・免責の対象は、債務不履行、不法行為その他一切の請求権に及びます。


(3) 事業者・行政機関の措置の拡充
① 事業者の取るべき措置義務(法11条)
・事業者は、1号通報を受け、通報対象事実の調査を行い、その是正に必要な措置を取る業務に従事する者(「公益通報対応業務従事者」)を定めなければなりません(法11条1項)
≫従事者以外への通報でも1号通報としての対応が必要となります。
・事業者は、1号通報に応じ、適切に対応するために必要な体制整備等の措置を取らなければなりません(法11条2項)。
・従事者を定める義務(同条1項)及び1号通報対応措置を取る義務(同条2項)は、常時使用する労働者数が300人以下の事業者では、努力義務とされています(同条3項)。
・各義務につき内閣総理大臣の指針が策定されることになります(同条4項)。
・各義務は内閣総理大臣(消費者庁長官に委任)による助言、指導、勧告の対象となり(法15条)、常時使用労働者300人超の場合は勧告違反が公表対象となります(法16条)。

② 公益通報対応業務従事者の義務(法12条)
・通報者が特定されることを懸念して1号通報を躊躇しないよう、公益通報対応業務従事者(退任者含む)は、正当理由なくして当該業務に関して知り得た事項で通報者を特定させるものを漏えいしてはならないとされます(法12条)。
≫当該業務と無関係に偶然に聞きつけた情報は対象外とされます。
≫「通報者を特定させるもの」かどうかは、実際に通報者が特定可能かどうかによります。
ex) 通報のあった部門に女性職員が1名のみであれば、女性職員であることをもって特定可能と判断されるでしょう。
【重要ポイント5】社内外の公益通報対応業務従事者としては,法人,組織内での公益内部通報の報告に際して,実際に特定不可能な内容での報告が求められることになります。通報対象事実の内容次第では,当該事実の発生した部署を具体的に特定しての報告が難しい場合も考えられます。書式の形式的運用ではなく,通報者の実際上の特定可能性を踏まえた慎重な個別具体的判断が求められます。
・通報窓口担当者でも公益通報対応業務従事者として定められていなければ本義務を負いません(この場合、事業者は同従事者を定める義務の違反となります)。
・本義務の違反には、30万円以下の罰金が科せられます(法21条)。

③ 公益通報対応業務従事者の義務(法13条)
・監督官庁は、2号通報対応義務(法13条1項)の適切な実施のために、2号通報に応じ、適切に対応するために必要な体制整備等の措置を取らなければならないものとされます(法13条2項)。
≫措置の内容については各行政機関に委ねることとして、内閣総理大臣による指針の対象外とされています。

参照:消費者庁ウェブサイト,NBL No.1177 4頁以下



3 改正法を踏まえた内部通報制度の運用のあり方

公益通報者保護法は,企業不祥事の実態に即した制度改善に向けて改正されました。その際,上述したように,通報制度の運用上通報者保護の観点に細心の注意を払うことが求められるに至っています。内部通報制度(i) は企業統治の重要手段であり,取締役・監査役の善管注意義務を企業統治の場面で具体化する内部統制システム構築義務の履行場面となります。したがって,その実効的な運用は,善管注意義務の履行として不可欠なのです。

内部通報制度をコンプライアンスらしさの隠れ蓑として,形式的に名ばかり運用しようとする事業者はもはや存在しないことと信じますが,むしろ通報者保護を確実にして社内の安心感,信頼感を高めることで,通報制度の積極展開を図り,不祥事に対する自浄をより確実なものとすることができれば,市場からのコンプライアンスへの信頼はより高められることにもなります。コンプライアンス違反への社会批判の高まりは,企業価値算定においてコンプライアンス堅持が不可欠の重要要素であることを意味します。公益内部通報制度の積極的展開は全てのステークホルダーにとって有益でこそあれ不利益となることはありません。

以上


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(i) 現在検討中の公益通報者保護法に基づく指針案では「内部公益通報制度」と呼ばれる。


弁護士 田島 正広


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