コラム「企業法務相談室」一覧

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  • 2013/11/07 知的財産 『商標登録によるブランド保護の有用性』(田島・寺西・遠藤法律事務所)

    商標登録によるブランド保護の有用性

    Q 当社は服飾品製造販売業者ですが,類似品対策に苦慮しており,新製品の発売に際して商標の登録出願を検討しています。商標登録のメリットと手続について教えて下さい。

    A アイディアを駆使したり,品質に配慮する等してブランド力を発揮すべき優良な商品も,粗悪な類似品を製造販売されては,その正当な顧客誘引力を阻害されかねません。このような場面を想定して対処するために有用なのが商標登録です。以下に,そのメリットと手続を紹介します。

    1 「商標」と「登録商標」

    商標法(以下「法」といいます)において,「商標」とは,業として商品を生産し,証明し又は譲渡する者がその商品について使用したり,業として役務を提供し,又は証明する者がその役務について使用する標章(文字図形,記号もしくは立体的形状もしくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合)を指します(法2条1項)。

    法は,商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発展に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的としており(法1条),商標を保護する手段として登録制度を設けています。

    当該制度において商標登録を受けた商標が「登録商標」であり,登録商標については,商標権者が指定商品又は指定役務について使用する権利を専有することになります(法25条)。

    他方,登録を受けていない「商標」については,商標上,他人の使用を排除する権利は認められず,むしろ他人が同一又は類似の商標につき商標登録を受けた場合には,いわゆる先使用権が認められる場合を除き(法32条参照),当該商標の使用は制限されることになります。

    2 「商標」が「登録商標」になるまで

    商標登録を受けるためには,まず,商標登録出願を行います(法5条参照)。その後,審査を経て(必要に応じて補正を行うこともあります),登録査定が出されると,登録料を納付することにより商標権の設定の登録がなされます(商標法14条,16条,18条2項)。

    実務上,出願から登録査定までに半年以上を要する例も少なくありませんので,「商標」を「登録商標」とするためには,早めの手続が必要です。

    3 商標権の効力

    商標権は,指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする独占的な権利であり,設定の登録によりはじめて発生します(商標法18条1項,25条)。

    商標権者は,自己の商標権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができますし,故意又は過失によって自己の商標権を侵害したものに対してその侵害による損害の賠償を請求することもできます(法36条,民法709条)。

    なお,登録商標の使用をする権利の専有は,あくまでも指定商品又は指定役務について認められるものであることに留意が必要です。

    指定商品又は指定役務の範囲は,願書の記載に基づいて定められることになるため,出願に際しては,商品又は役務を適切に指定することが重要となります(法6条1項,17条2項)。


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  • 2013/09/05 事業再生・承継 『親族間の事業承継と遺留分の特例』(田島・寺西・遠藤法律事務所)

    親族間の事業承継と遺留分の特例

    Q 私はこれまで小さいながらも自分で起こした株式会社を経営してきたのですが,そろそろ長男に継いでもらおうかと思っています。会社を長男に継がせるにあたっては,どのようなことに注意する必要がありますか。

    A

    中小企業における事業承継では,そもそも後継者としての適任者は誰かということにはじまり,事業を承継させることにつき既存の従業員や取引先の理解を得ておくこと,事業を承継させるまでの後継者の育成を十分に行っておくことなど,考慮すべき事項は山ほどあるかと思います。

    そのような中で,法律的な視点からぜひとも留意していただきたいポイントとしては,相続の対象となる株式や事業用財産(会社名義ではなく先代経営者の個人資産となっているような工場や店舗など)を事業の承継者(=後継者)に集中して移転するということを挙げたいと思います。

    なぜこれが重要かというと,株式や事業用財産が複数の相続人に分散されてしまうことによって,親族間の対立・紛争が顕在化することがあり,株式が経営者に集中していないと,会社としての意思決定がスムーズにいかなくなるリスクが高まるからです。

    また,事業用財産については,これを後継者の所有に属さないこととすると,担保に供すべき財産がないことから,事業継続に必要な融資を受けられなかったり,後継者の事業意欲をそぐことになったりと,何かと不都合が生じることがあるからです。

    親族間の紛争を防止し,安定した経営を続けるためには,いかに所有と経営を一致させるかということに重きを置かなければなりません。

    とはいえ,株式や事業用財産を後継者に集中させることにのみ注力すると,次なる問題が発生することがあります。

    すなわち,先代経営者から後継者に株式や事業用財産を引き継がせるにあたっては,生前贈与,死因贈与,遺言などの方法によることになりますが,後継者以外にも相続人がいる場合には,後々にこの者の遺留分を侵害することになりかねないという問題が生じます。

    そこで,後継者候補以外の相続人(遺留分権者)には,株式や事業用財産以外の財産を引き継がせるなど,後継者以外の相続人への配慮は欠かすことができません。

    さらには,特定の相続人に生前贈与があり,かつ遺言が作成されていなかったような場合,残りの相続財産を相続人間で分ける際の計算方法は,原則として,贈与額の遺産額への合算(持戻し)を行ったうえで,各相続人の法定相続分に基づいて相続分を計算することとなります。

    この持戻しを行う財産の評価については,贈与時点ではなく,相続が開始した時点の評価で行うこととなっています。

    それゆえに,後継者が株式の生前贈与を受けていたところ,生前贈与から相続開始までの間に企業価値が大きく上昇した場合,後継者に贈与されていた株式の価値も上がることになるために,持戻しの額も大きく膨らみ,結果として,他の相続人の遺留分を侵害してしまうという事態に陥ることも考えられます。

    よって,株式や事業用財産の贈与の際には,後継者以外の相続人への配慮が重要であることは先に述べた通りですが,それにとどまらず,会社のこれまでの業績や将来的な見通しなどにも気を配ることが,後のトラブルを防ぎ,円満な事業承継を実現することにつながるでしょう。

    ところで,上記の事業の承継と遺留分の問題については,一定の要件を満たす後継者が,先代経営者からの贈与等により取得した自社株式について,後継者を含む推定相続人(遺留分権者)全員との間の合意を前提として,①その価額を遺留分算定基礎財産に算入しない(除外合意),または,②遺留分算定基礎財産に算入すべき価額を予め固定する(固定),といったことを可能とするような特例(経営承継円滑化法)もあります。

    除外合意,固定合意のいずれも,その合意の効力を生じさせるためには,「経済産業大臣の確認」と「家庭裁判所の許可」を得る必要があります。

    そのような手続きを踏む手間はありますが,除外合意をすることにより,その株式は遺留分算定基礎財産に算入されず,遺留分減殺請求の対象にもならないことになるため,先代経営者の相続に伴って株式が分散することの防止を図ることができます。また,固定合意により,先代経営者の相続開始時までに株式の価値が上昇しても,後継者ではない相続人の遺留分の額が増大することはなくなり,後継者としては,企業価値向上を目指して経営に専念することが可能となると言えます。

    事業を承継させるに当たっては,将来的な紛争を防ぐことを目的として,このような制度の活用を検討されても良いのではないでしょうか。

    なお,中小企業庁のホームページでは,事業承継を検討される方にとって有益な情報が得られると思いますので,ぜひともご覧ください。


    田島・寺西・遠藤法律事務所


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  • 2013/08/22 企業経営 『貸付金等の債権回収の手段~督促・訴訟・強制執行・民事保全』(田島・寺西・遠藤法律事務所)

    貸付金等の債権回収の手段~督促・訴訟・強制執行・民事保全

    Q 印刷会社を経営する私は,同業の社長さんに運転資金を融資しましたが,すでに返済期日は過ぎているのに貸付金を返済してもらえません。どのような方法で回収することが出来るでしょうか。

    A 裁判外での交渉による任意の回収,裁判手続を経ての強制的な回収等が挙げられます

    資金を貸し付ける際,単なる借用書等ではなく,返済を怠った場合には強制執行をされても異議を唱えない旨の記載がある公正証書を作成している場合,裁判の手続きを経ることなく強制執行をすることが可能となります。

    しかし,そのような公正証書を作成していない場合には,次のような方法による債権回収が考えられます。

    ①裁判外での回収

    まず,裁判所の手続きを利用せずに回収することが考えられます。その場合,債務者に対し内容証明郵便を送付し,任意に支払うよう請求する方法がよく利用されます。

    内容証明郵便は,送付日付や書面の内容が証明されるため,裁判になった際,請求したという事実や請求した日時が証明されるため,時効中断の証拠になるという利点があります。

    ②裁判手続の利用

    次に,裁判所の手続きを紹介します。任意に支払っていただけない場合,裁判所の手続を利用することになると思われます。

    特に債権回収の際に利用される手続きを挙げます。

    (1) 少額訴訟(民事訴訟法368条以下)

    債権額が60万円以下の場合,少額訴訟を利用することが考えられます。

    少額訴訟手続とは,少額な金銭をめぐる紛争について,時間をかけず,紛争額に相応する費用負担で解決できるよう,手続きを簡易化し,迅速に処理できるようにした簡易裁判所の訴訟手続の特則をなすものです。

    原則として1回の期日で審理が終了し,即日判決が言い渡される訴訟です。

    少額訴訟の対象は,60万円以下の金銭支払請求を目的とする訴えであり, 1回の期日で審理を終了するため,証拠は即時に取調べが出来るものに限定されています。

    したがって,債権が60万円以下であり,争点が複雑でない場合は,この少額訴訟を利用することにより,早期に解決することが可能です。

    もっとも,控訴が出来ないこと,上記のように原則として審理が1期日であり,証拠が制限されていることから,被告が通常の手続きに移行することを希望した場合,もしくは裁判所が少額訴訟により審理することが相当でないと判断した場合等は,通常訴訟に移行することになります。

    また,一人の原告について同一の裁判所での利用は年10回までという利用制限もあります。

    (2) 督促手続(民事訴訟法382条以下)

    督促手続とは,金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求につき,債権者の申立てにより,証拠調べをすることなく,また債務者を審尋することなく書記官が債務者に対し,支払督促を発付し,簡易迅速に債権者に対し債務名義を付与することを目的とする手続きのことを指します。

    本来,任意に債務を履行しない債務者に対し強制執行をするためには,訴訟を提起し,給付判決を得ることが必要です。しかし,金銭その他の代替物又は有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求は,その証明が容易であり,かつ比較的争いが少ないと考えられることから,このような請求については,簡易迅速に処理できるよう,督促手続という制度が設けられています。

    書記官から支払督促が発付され,当該支払督促正本が債務者に送達後2週間以内に債務者から異議申立てがない場合は,それから30日以内に債権者の申立てによって,支払督促に仮執行の宣言が付せられます。

    そして,仮執行宣言付支払督促に対しても,送達後2週間以内に債務者から異議の申立てがない場合,又は督促異議の申立てがされてもそれが却下されたときは,その仮執行宣言付支払督促は確定判決と同一の効力が認められることになります。

    一方,債務者から督促異議の申立てがあった場合,当然に通常訴訟に移行することになります。
    したがって,請求につき争いがなく,債務者からの異議がないと思われる場合には,督促手続を利用することで,迅速に債務名義を取得することができ,債権を回収することが可能となります。

    (3) 通常訴訟・保全

    少額訴訟や督促手続から通常訴訟に移行した場合,また,そもそも金額等につき相手方と争いがある場合など少額訴訟や支払督促に適さない場合には,通常の訴訟により判決を求めることになります。

    なお,訴訟をしている間に相手方の財産が減少し,債権を回収できなくなる虞がある場合には,通常訴訟の前に仮差押えを検討することも必要になります。

    ③ 証拠の提出

    裁判では,相手方にお金を貸し付けたこと等を立証する必要があります。

    その際,証拠となるものとしては,借用書,領収書等が一般的ですが,それらの証拠がない場合には,相手方が借りていることを認めたメールや,お金を貸し付けるために自己の預金から引き出したことが分かる通帳等を証拠として提出します。

    以上が主な債権回収の方法となります。

    しかし,債権回収をしようとする場合,どのような方法により債権を回収するかのみだけでなく,債務者に支払うだけの能力があるかを検討することも重要です。

    といいますのも,いくら勝訴判決を得たとしても,債務者に財産がない場合には回収することが出来ず,費用と時間を無駄にすることになってしまうからです。

    そのため,債権を回収しようとする際は,強制執行をした場合に相手方から債権を回収できるかを見極めた上で,上記手続きを利用して頂ければと思います。


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  • 2013/08/19 知的財産 『ビッグデータの利活用と個人情報・プライバシー保護について』(田島・寺西・遠藤法律事務所)

    ビッグデータの利活用と個人情報・プライバシー保護について

    Q ビッグデータの利活用が注目されていますが,どのような点に留意すべきですか?

    A 個々のデータ単独では個人情報保護法上の「個人情報」には該当しない場合も多いと考えられますが,その利活用に際しては,個人情報保護やプライバシー保護の観点からの配慮が求められます。

    ネットワーク・サービスの進化とデバイスの高機能化・普及により,多様で膨大なデジタルデータがリアルタイムでネットワーク上に生成・流通・蓄積されるようになったことから,いわゆるビッグデータを新たなビジネスの創出,業務運営の効率化,利用者個々人のニーズに則したサービスの提供,インフラの整備・管理等に利活用することが期待されています。

    他方,ビッグデータの中には個人の行動履歴等も含まれており,消費者側からは,その利活用において個人情報やプライバシーが適切に守られているのかといった懸念や不安が生じています。

    この点,ビッグデータを形成する個々のデータは,それ単独では個人識別可能性を具備しないものが多く,基本的には個人情報保護法上の「個人情報」 には該当しないと考えられますが,データを取得する事業者によっては当該事業者が保有する他の情報との関係において個人識別可能性が認められる場合があり得るほか,データが大量に蓄積され分析されることにより個人識別可能性が生じることもあり得ることから,その取扱いに際しては,個人情報保護やプライバシー保護の観点からの配慮が不可欠です。

    現在,個人情報保護やプライバシーに配慮しながらビッグデータの適正な利活用を促進するための仕組みや明確なルールの策定に向けて各方面において検討が進められています。

    その中で,事業者側に求められる取組みの主な課題としては,透明性の確保が挙げられています。

    すなわち,消費者側の個人情報保護やプライバシー保護の観点からの懸念や不安感は,いつ,どのような形で,どのような情報が収集され,収集された情報がどのように利活用されるのかが必ずしも明らかではないことから生じていると考えられます。

    そうであるとすれば,事業者側がデータの取得や利活用の方法等についての十分な事前説明や情報提供についての判断材料や選択肢を分かりやすい方法で提供することによって,消費者側の懸念や不安感は大幅に払拭され,データの利活用についての消費者側の理解を得ることが可能になると思われます。

    平成25年7月,株式会社日立製作所がJR東日本からSuicaに関するデータの提供を受けてマーケティング資料を作成・販売することが発表されると,データの提供について,個人情報保護やプライバシー保護への懸念の声が上がりました。

    この事態を受けて,JR東日本が希望者のデータ除外を受付けたところ,約1週間で9400件を超える除外の希望が寄せられたとのことです。

    JR東日本は,提供するデータにつき,氏名や住所等の識別情報は除外されており,IDの変換や利用者の少ない駅のデータの除外等個人情報やプライバシーに配慮した対応を行っていることを明らかにしましたが,かかる対応や提供について予め十分な説明がなされていれば,ここまで大きな反発を招く事態には至らなかったのではないでしょうか。

    なお,平成25年7月16日に総務省が公開した平成25年版情報通信白書によると,消費者は自己の情報を提供するに際しては,情報の提供先の信頼性を最も重視しており,その他には情報を提供することで経済的なメリットを享受できる場合,情報を提供することで利便性が向上する場合には,情報を提供しても良いと考える人が多いようです。

    また,利活用の方法としては,売買されることや公開されることについて抵抗を感じる人が特に多いようです。

    消費者側の信頼と安心を獲得して適正なデータの利活用を実現するためにも,こうした消費者側の認識を把握した上で,懸念や不安感を理解し配慮する自主的な取り組みや工夫が求められます。


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  • 2013/08/07 企業経営 『企業不祥事対応の際の取締役・監査役等会社役員の不祥事公表義務と会社法上の責任』(田島正広弁護士)

    企業不祥事対応の際の取締役・監査役等会社役員の不祥事公表義務と会社法上の責任

    Q 当社の製造した冷凍食品に国内未承認添加物が混入していたことが判明しました。この事実を速やかに公表しないと,当社の役員(取締役・監査役等)は法的責任を負わされますか。

    A 善管注意義務違反により損害賠償責任を負わされる場合があり得ます。

    会社役員に不祥事の公表が義務づけられるかどうかについては,リーディング・ケースとなったダスキン事件が参考になります。

    同事件の控訴審で大阪高裁は,不祥事の公表が損害発生ないし拡大防止のために必要とされる場合があり,取締役がその検討を怠ること,及びその任務懈怠に対する監査を監査役が怠ることが善管注意義務違反を構成する場合があることを認めたと評されています(大阪高判平成18・6・9判時1979号115頁。最高裁の上告不受理により確定。)。

    その際,判旨は必ずしも全ての不祥事の公表を直ちに求めている訳ではなく,「『自ら積極的には公表しない』という方針を採用し,消費者やマスコミの反応をも視野に入れた上での積極的な損害回避の方策の検討を怠った点において,善管注意義務違反」を認定しています。

    かかる判旨からすれば,当該会社の知名度や事業規模を前提に,不祥事の内容とその発覚のリスクの程度,その隠蔽による消費者被害やその反応,マスコミの反応と信頼喪失の虞等を総合衡量し,損害回避のためにいかなる方策が適切であるかを検討すべきことこそが直接的に求められているというべきでしょう。

    すなわち,どれだけの損害が統計的に発生する虞があるのかをベースに,当該損害回避のために的確な措置の検討を役員に求めた結果,当該不祥事の公表を安易に怠ることが善管注意義務違反を構成する場合がある旨判示したものと思われます。

    その意味でこの問題は,直接的には不祥事公表義務というよりは,損害回避策検討義務とでも呼ぶべきものでしょう。

    損害回避策の検討状況に解釈上の力点が置かれる限り,判旨はむしろリスク管理に関する,経営判断の原則に依拠した事例判断と観るべきように思われます。

    この点,経営判断の原則の適用に当たっては,不祥事を公表しないという判断における合理的根拠と誠実な行動,さらにはそれがもっぱら会社の利益であると信じることが求められることになります(ヤクルト事件控訴審判決・東京高判平成20・5・21判タ1281号12頁参照)。

    すなわち,同原則による取締役の免責を認めるためには,事実認識の過程が合理的であったか,並びに判断の過程・内容に明らかな不合理がなかったかが必要とされ,その際,非公表の判断の結果,損害の発生・拡大のリスクがどの程度に及ぶのか,損害の回避策として公表がどの程度必要かつ有用であるのかをどれだけ慎重に検討したかが問われることになるのです。

    これに対しては,不祥事は損得の計算によることなく,全て直ちに公表すべきとの規範的な基準による議論の余地もないではありません。

    しかし,現時点の解釈として観る限り,公表が会社に法的に義務付けられる場合を除けば,不公表による重大な損害の発生を防止するための善管注意義務に基づく判断以外に,不祥事の公表を取締役に法的に義務付ける根拠は見出しがたいように思われます。

    以上の解釈を前提にすれば,本件で会社役員に不祥事公表が義務付けられるのかについては,会社自身に特段の法的義務が課せられていない限りは,損害の発生・拡大防止の観点から公表を適切に行わなかったことを理由とする善管注意義務違反の問題として扱われ,それ故にこそ経営判断原則に照らしてそれを行わないことが許容されうるものかどうかをもって責任の有無が判断されることになるでしょう。

    もとより,コンプライアンス違反の事実が発覚し,社会的批判に晒され,巨額の損害を生じるリスクが飛躍的に増大している今日においては,調査と公表を行わないことが適切と解される余地はいよいよ縮減しているというべきですし,その延長線上には,公表に関する法的ルールの設定の可能性が存していると思料されるところです
    (以上,同文舘出版「会社役員の法的責任とコーポレートガバナンス」当職執筆部分参照)。


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    弁護士 田島正広


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