コラム「企業法務相談室」一覧

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  • 2015/05/22 労働問題 「社員のミスと損害賠償請求について」(田島・寺西・遠藤法律事務所)

    社員のミスと損害賠償請求について

    Q 会社の従業員が業務としてクレーン車を運転中に,手元を狂わせたことにより,現場付近にいた通行人にぶつけてしまい,会社が当該被害者への治療費等を支出し,多大な損害を被りました。
    会社としては,この従業員に対して責任を追及し,会社の被った損害の賠償請求をしようと思っていますが,可能でしょうか。

    A 新年度を迎えて1か月が経過しました。新たに加わった新入社員に対して,指導や研修を重ねている会社も少なくないのではないでしょうか。 

    さて,今回は,会社の従業員が,業務中に故意または過失により会社に損害を発生させた場合に,会社は当該従業員に対してその損害の賠償を請求することができるかどうか,という問題です。

    この問題を法律的に整理すると,使用者たる会社には,次の請求権が発生すると考えることができそうです。

    ① 労働者の行為が,労働契約上の労務提供義務やこれに付随する義務に反するものである場合には「債務不履行」に該当し,使用者は債務不履行に基づく損害賠償請求権を取得する(民法415条)。

    ② 労働者の行為が,「不法行為」に該当するようであれば,使用者は不法行為に基づく損害賠償請求権を取得する(民法709条)。一方で,会社は,労働者を使用することによって利益を得ているのであるから,労働者を使用することによって発生した損失も負担すべきであるという「報償責任」の考え方からすると,業務上の損害を発生させた行為の「全責任」を労働者に負わせることは適当とは言えません。

    また,労働者は使用者の指揮命令に従って業務に従事していること,労働者によるミスはもとより業務に内在するものであることなどからも,労働者が業務を遂行する上で生じた損害を使用者も分担することが公平の観点から望ましいと考えられます。

    使用者による労働者に対する損害賠償請求に関する問題については,茨城石炭商事事件(最判昭和51年7月8日)が判断を示しています。

    最高裁は,「使用者がその事業の執行につきなされた被用者の加害行為により,直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態度,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである」と判示し,いわゆる「労働者の過失による損害賠償に関する責任制限の法理」を示しました。

    上記判例の後,下級審において,そもそも従業員に対する損害賠償が可能かどうか,可能である場合にその損害の負担割合はどの程度とするかについて,上記判例法理に従い,判断されるようになっています。 

    本件の場合,詳細な事情が不明であるため,賠償請求が可能かどうかは一義的に判断できるものではありませんが,「手元を狂わせた」という過失が極めて軽微なものと認められる場合には,当該社員の会社に対する債務不履行や不法行為の成立が認められないケースもあり得るでしょう。

    また,クレーン車を運転するという行為には,相応の危険が内在するものであると言えます。

    業務に内在するリスクの発現可能性が高いにもかかわらず,使用者が事前に何らの予防措置も講じていなかったような場合においても,債務不履行や不法行為の成立が認められないこともあると考えられます。 

    また,債務不履行や不法行為が成立する場合であっても,労働者の過失の程度や業務に内在する危険の程度,使用者側の管理体制等に鑑み,ある程度賠償額が圧縮されることが予想されます。 

    なお,余談ですが,使用者が労働者に対して,債務不履行や不法行為に基づき損害賠償請求権を有している場合であっても,これを自働債権とし,賃金債権を受働債権として,労働者の意思にかかわらず使用者側から一方的に相殺することは,賃金全額払いの原則(労働基準法24条)に反し,許されませんので,ご留意ください。

    田島・寺西・遠藤法律事務所


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  • 2014/04/30 労働問題 『退職後の元従業員の守秘義務・競業避止義務』(田島正広弁護士)

    退職後の元従業員の守秘義務・競業避止義務

    Q 退職した元従業員に守秘義務・競業避止義務を負わせることは有効でしょうか。

    A 営業上の利益ないし秘密保護の合理性・必要性・重要性と元従業員に対する制約の程度等次第で,有効と解される場合があります。

    退職後の元従業員に対する守秘義務・競業避止義務の有効性については,会社側の情報管理の合理性・必要性・重要性と元従業員の職業選択の自由とが衝突する場面であり,その有効性については裁判例上も慎重な判断が求められています。

    まず競業避止義務については諸々の裁判例がありますが,日本コンベンションサービス事件(最判平成12年6月16日)で最高裁が示したところは,次の通りです。

    すなわち,
    「一般に,労働者は,労働契約が終了すれば,職業選択の自由として競業行為を行うこともできるのであるから,労働契約が終了した後まで競業避止義務を当然に負うものではない。
    しかし,他方,使用者は,労働者が使用者の営業秘密に関わっていた場合,自己の営業秘密を守るため,退職後も労働者に競業避止義務を課す必要があり,就業規則で,このような規定を設けることにも,一応の合理性が認められる。
    したがって,従業員に対し,退職後一定期間競業避止義務を課す規定も有効と考えるべきであるが,その適用に当たっては,規定の趣旨,目的に照らし,必要かつ合理的な範囲に限られるというべきである。
    そして,この点を判断するに当たっては,これによって保護しようとする営業上の利益の内容,殊に,それが企業上の秘密を保護しようとするものか,それに対する従業員の関わり合い,競業避止義務を負担する期間や地域,在職中営業秘密に関わる従業員に対し代償措置が取られていたかどうかなどを考慮すべきである。」

    これを受けた近時の裁判例は,さらに踏み込んで次のように判示しています。

    すなわち,
    「従業員と使用者との間で締結される,退職後の競業避止に関する合意は,その性質上,十分な協議がされずに締結される場合が少なくなく,また,従業員の有する職業選択の自由等を,著しく制約する危険性を常にはらんでいる点に鑑みるならば,競業避止義務の範囲については,従業員の競業行為を制約する合理性を基礎づける必要最小限の内容に限定して効力を認めるのが相当である。
    そして,合理性を基礎づける必要最小限の内容の確定に当たっては,従業員が就業中に実施していた業務の内容,使用者が保有している技術上及び営業上の情報の性質,使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等,諸般の事情を総合して判断すべきである。
    上記の観点に照らすならば,従業員が,使用者の保有している特有の技術上又は営業上の情報等を用いることによって実施される業務が競業避止義務の対象とされると解すべきであり,従業員が就業中に得た,ごく一般的な業務に関する知識・経験・技能を用いることによって実施される業務は,競業避止義務の対象とはならないというべきである。」(東京地判平成17年2月23日)。

    ここで認定されているように,競業避止義務の効力が及ぶかどうかは,元従業員の就業中の実施業務の内容,使用者の保有している技術上及び営業上の情報の性質,使用者の従業員に対する処遇や代償等の程度等,諸般の事情を総合して判断することになりますが,その際,禁止の範囲の広狭,地域的限定の有無,期間の長短も重要な要素となります。

    そこで,会社側からすれば,せっかく締結した競業避止契約が有効と解釈されるよう,会社の業務の実情に応じた内容に極力限定した競業避止契約を締結すべきといえるでしょう。

    その際,代償措置の十分性も問われることになります。

    裁判例上は退職金規程に従った退職金の十分な給付の有無も含めて,判断がなされています。

    これに対して,退職後の元従業員の守秘義務に関しては,営業秘密の観点から争われることが多いこともあってか裁判例は少ないですが,ダイオーズサービシーズ事件(東京地裁平成14年8月30日判決)が次のように判示しています。

    すなわち,
    「本件誓約書に基づく合意は,原告に対する『就業期間中は勿論のこと,事情があって貴社を退職した後にも,貴社の業務に関わる重要な機密事項,特に“顧客の名簿及び取引内容に関わる事項”並びに“製品の製造過程,価格等に関わる事項”については一切他に漏らさないこと』という秘密保持義務を被告に負担させるものである。
    このような退職後の秘密保持義務を広く容認するときは,労働者の職業選択又は営業の自由を不当に制限することになるけれども,使用者にとって営業秘密が重要な価値を有し,労働契約終了後も一定の範囲で営業秘密保持義務を存続させることが,労働契約関係を成立,維持させる上で不可欠の前提でもあるから,労働契約関係にある当事者において,労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は,その秘密の性質・範囲,価値,当事者(労働者)の退職前の地位に照らし,合理性が認められるときは,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。
    本件誓約書の秘密保持義務は,『秘密』とされているのが,原告の業務に関わる『重要な機密』事項であるが,企業が広範な分野で活動を展開し,これに関する営業秘密も多種多様であること,『特に“顧客の名簿及び取引内容に関わる事項”並びに“製品の製造過程,価格等に関わる事項”』という例示をしており,これに類する程度の重要性を要求しているものと容易に解釈できることからすると,本件誓約書の記載でも『秘密』の範囲が無限定であるとはいえない。
    また,原告の『“顧客の名簿及び取引内容に関わる事項”並びに“製品の製造過程,価格等に関わる事項”』は,マット・モップ等の個別レンタル契約を経営基盤の一つにおいている原告にとっては,経営の根幹に関わる重要な情報であり,これを自由に開示・使用されれば,容易に競業他社の利益又は原告の不利益を生じさせ,原告の存立にも関わりかねないことになる点では特許権等に劣らない価値を有するものといえる。
    一方,被告は,原告の役員ではなかったけれども,埼玉ルートセンター所属の『ルートマン』として,埼玉県内のレンタル商品の配達,回収等の営業の最前線にいたのであり,『“顧客の名簿及び取引内容に関わる事項』並びに『製品の製造過程,価格等に関わる事項”』の(埼玉県の顧客に関する)内容を熟知し,その利用方法・重要性を十分認識している者として,秘密保持を義務付けられてもやむを得ない地位にあったといえる。
    このような事情を総合するときは,本件誓約書の定める秘密保持義務は,合理性を有するものと認められ,公序良俗に反せず無効とはいえないと解するのが相当である。」

    ここでは,退職後の元従業員の在職中の地位・担当業務,秘密への関与度,当該秘密の事業運営上の重要性等を勘案しつつ,職業選択の自由に対する一定の制約を課すことの合理性を慎重に判断しているということができます。

    秘密の意義に関する例示列挙に対する裁判上の評価や,利益衡量の手法等実務上参考になるところは大きいといえます。


    田島・寺西法律事務所
    弁護士 田島 正広


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