コラム・企業法務相談室

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> 2017/03/24 労働問題

内部通報制度民間事業者向けガイドライン改正のポイント

1 はじめに

 平成 18 年4月の公益通報者保護法(以下「法」といいます。)施行後も,同法そしてこれを受けた企業の内部通報制度がその機能を十分には発揮できておらず,近時の企業不祥事でも内部通報制度の機能不全が見られるばかりか,通報者に対する不利益処分事例もなお見られることから,消費者庁においても通報制度の実効性向上が喫緊の課題と認識され,先般,「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン」(以下「ガイドライン」といいます)が改正されました。

2 ガイドライン改正のポイント

(1)通報対象事実の拡大

 改正ガイドラインにおいては,通報者の匿名性の確保等及び通報者に対する不利益な取扱いの禁止が徹底されると共に,経営幹部が果たすべき役割が明確化され,経営幹部から独立性を有する通報ルートの整備及び内部通報制度の継続的な評価・改善について明記されました。     

 その中でも最も顕著な点としては,通報対象事実に法が対象とする法令違反のみならず内部規程違反も含めることが適当とされたことが挙げられます。法が適用対象としない内部規程違反をはじめとする企業倫理違反行為によっても,企業は社会的にひんしゅくを買うことが十分懸念され,ブランドイメージの毀損をはじめとする大きな経済的損失を受けることがあります。内部規程違反をも通報対象とすることは法改正なしに事業者に強制できることではありませんが,任意の取組みを推奨することで実質的に法体系の裾野を大きく拡大するものであり,企業として積極的に受け止めるべきところといえます。

(2) 内部通報制度の意義と経営トップの責務

 内部通報制度の整備・運用は,組織の自浄作用の向上とコンプライアンス経営の推進,ひいては企業価値の向上と発展に資するものであり,同時に安全・安心な製品・サービスを提供することが,企業の社会的責任と社会経済的利益の観点から重要であることが明らかにされました。   

 また,制度整備・運用における経営トップの責務にも力点が置かれ,通報者への不利益取り扱いは許されないこと,企業倫理は利益追求に優先されるべきこと等につき,経営トップの全社的なメッセージの発信が求められています。

(3) 通報制度の整備と外部窓口の活用

 通報制度の実効性確保の観点から,外部窓口として法律事務所の他,民間の専門機関への委託を採り上げた他,関係会社・取引先を含めた制度の整備・運用状況の定期的チェックと助言の必要性にも論及しています。外部窓口担当者による秘密保持を徹底し,通報者の特定可能な情報は通報者の書面による明示の同意なくして事業者に開示してはならない等の措置が必要とされています。

 通報窓口の利用者としては,取引先の従業員や退職者を含めて幅広く設定することが望ましいものとされ。経営幹部から独立性を有する社外取締役や監査役等への通報ルートの整備が適当とされる他,中立性・公正性からの疑義あるいは利益相反が生じる虞のある顧問弁護士等の外部窓口での起用は避けることが必要とされています。

(4) 調査・是正措置と通報者保護

 調査・是正の実効性確保のため,調査担当部署に社内的な調査権限と独立性付与,そのための人員・予算の付与が必要とされた他,当該部署の調査に従業員が協力すべきことの内部規程への明記が求められ,是正措置と再発防止策,さらには関係行政機関への報告等も求められています。また,調査・是正措置の実効性確保のため,調査担当者のスキル向上のための十分な教育・研修や,通報対応状況に関する中立・公正な第三者等による検証・点検等を行うことが望ましいとされています。

 そして、通報制度の実効性確保のため通報者保護の徹底を図るべく,通報者の所属・氏名等の情報共有が許される範囲は必要最小限にすべきとされ,その特定につながり得る情報は通報者の書面・電子メール等による同意がない限り,この範囲を超えて開示してはならないものとされます。かかる同意取得に際しては,開示に伴う不利益を明確に説明すべきものとされ,また通報者を探索してはならないことを明確にして,全社的に周知徹底すべきとされています。

(5) 通報受付・調査実施における秘密保持

 専用回線の設置,勤務時間外の個室・事業所外での面談の実施等により通報者の秘密を保護することが必要とされ,通報事案関連資料閲覧者の範囲を必要最小限に限定すること,当該記録の施錠管理,電磁的な情報セキュリティ対策等が求められています。また,通報者本人からの情報流出を防止するため,情報管理の重要性を十分に理解させることが望ましいものとされます。個人情報保護の徹底を図りつつ通報対応の実効性を確保するため,匿名通報も受け付けることが必要とされ,その際通報者と通報窓口担当者が双方向で情報伝達を行い得る仕組みを導入することが望ましいものとされています。

(6) 解雇・その他不利益な取扱いの禁止

 事業者は,法及び内部規程の要件を満たす通報者のみならず調査協力者に対しても,解雇・その他の不利益取扱いをしてはならないこととされ,それが判明した場合には適切な救済・回復措置が求められています。違反者や通報に関する情報を漏らした者等に対する懲戒処分等の適切な措置の実施と,被通報者への事前の注意喚起による違反行為の予防が求められています。

 解雇・その他の不利益な取扱いがなされないよう通報者等に対するフォローアップを行うに際しては,経営幹部が責任をもって不利益取扱いを救済・回復するための適切な措置を講じることが求められ,是正措置及び再発防止策の確認等,必要な措置を講じることとされています。関係会社・取引先の従業員からも通報を受け付ける場合には,当該会社・取引先に対して通報者等が不利益な取扱いを受けないよう可能な範囲で必要な措置を講じることが望ましいものとされます。

(7) 社内リニエンシー制度

 法令違反行為等の早期把握によるコンプライアンス経営の推進の観点から,調査開始前に自主的に違法行為等を内部通報したり,その調査協力をした従業員に対して,その状況に応じて懲戒処分等を減免する仕組みを整備することも考えられるものとされています。これは独占禁止法分野で導入されているリニエンシー制度に類似するもので,社内リニエンシー制度と呼ばれています。

(8) 内部通報制度の評価・改善

 内部通報制度の実効性向上のため,制度の整備・運用状況・実績,周知・研修の効果,従業員等の制度への信頼度,本ガイドラインに準拠しない事項がある場合にはその理由,今後の課題について,内部監査や中立・公正な第三者機関等を活用した客観的な評価・点検の定期的な実施と,これを踏まえた経営幹部の責任での制度の継続的改善が求められています。

 また,通報制度の実効性は企業価値の維持・向上に関わることから,消費者,取引先,従業員,株主・投資家,債権者,地域社会等のステークホルダーにとっても重要なため,上記評価・点検の結果はCSR報告書やウェブサイトにおいて積極的にアピールすることが適当とされています。

3 リスクマネジメントの観点からの通報制度の積極的活用

 以上を総括すると,今回のガイドライン改訂においては,内部通報制度の整備・運用が企業の自浄作用とコンプライアンスの向上に寄与し,企業価値の向上と永続性確保に資することが正面から説かれると共に、通報制度を実際に生かすための具体的施策が明らかにされたといえます。

 ところで、日頃から内部通報制度を真摯に機能させている企業においては、通報者が不利益処分を受ける虞もないでしょうし、通報対象事実に関する証拠隠滅の虞もないといえることから、会社外部の第三者に対するいわゆる3号通報の要件は直ちには満たさないといえます。この場合、社外へのいきなりの外部告発は、懲戒の対象ともなる違法な行為と評価されることになり得るので、企業としては、まさに自ら不祥事を把握して自浄作用を発揮する機会を確保できているといる訳です。

 自浄の機会もないままに、いきなりマスコミから不祥事を告発され、不祥事対応が後手に回ってしまうと、マスコミが報じない限りは不祥事を隠蔽しようとしていたとの印象を市場に与えかねず、不信感はブランドイメージを大きく毀損することになります。こうした後手の対応は、不祥事対応の場面で最もしてはいけないことです。反対に、まだマスコミが報じていない不祥事を自ら公表する企業は、その瞬間は相応の経済的損失を受けるとはいえ、その真摯な経be営姿勢は、他には不祥事はないだろうとの信頼を市場に生み出すところともなる訳です。

 こうして、企業としては消極的形式的に、いわばコンプライアンスらしさの隠れ蓑のために通報制度を運用するのではなく、むしろ通報制度が企業不祥事に関する情報を早期に経営陣に伝達し、自浄作用を発揮するための重要な契機であることを自覚して、これを企業の将来の発展のために積極的に運用すべきといえるでしょう。それこそが、経営陣の善管注意義務、内部統制システム構築義務の履行を確たるものとすることになります。同時に通報の現場で多く観られる雇用環境に関する通報を通して、従業員の雇用環境は守られるといえます。さらに、通報制度が十分に機能するようになれば、もし一部の従業員が何か不正をしようと思っても、その発覚を恐れてその実行を断念することが期待できます。まさに、抑止力として通報制度が機能することが、企業のあるべき姿といえるでしょう。


弁護士 田島 正広


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