コラム・企業法務相談室

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> 2013/11/09 企業経営

会社法上の内部統制システム構築義務と内部通報制度の積極的役割

Q 当社には内部通報制度が存在しませんが、最近パワハラ問題が顕在化する等、社内のコンプライアンス体制に疑問が生じています。内部通報制度を導入しないと、会社役員(取締役・監査役等)には法的責任が生じるのでしょうか。

A 善管注意義務違反により法的責任を問われる虞はあります。

内部通報制度とは、会社がコンプライアンス体制を堅持するため、その違反行為についてのモニタリングを行うに際して、経営陣からの執行ラインでのモニタリングとは別に行われる、会社内部又は会社の指定した外部の窓口による社員からの内部通報の受付制度です。

この制度は、社内に隠蔽される企業不祥事を早期に内部通報によって経営トップが把握し、自浄作用を発揮してコンプライアンス体制を見直すことで、当該不祥事が仮に外部への告発によって露見した場合に会社が被る重大な損失を回避するという重要な機能を有しています。

内部統制システムにおける内部通報制度の位置づけについてですが、まず、財務分野の内部統制とは、金融商品取引法上導入された財務報告に係る内部統制の評価報告書及びその監査報告書において、評価及び監査の対象となるものです。

内部通報制度との関連では、特にモニタリングの視点が関わり、特に業務から独立した視点から実施される独立的評価の場面において、その意義を有することになります。

他方、会社法上の内部統制は、同法362条5項に定めるものであり、会社法施行規則100条において具体化されています。同条1項中、次の各号は、内部通報制度との関わりの深いものです。

・2号 損失の危険の管理に関する規程その他の体制
・4号 使用人の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制
・5号 当該株式会社並びにその親会社及び子会社から成る企業集団における業務の適正を確保するための体制

内部統制をより完全なものにするために、上記各号はコンプライアンス体制の確立を求めるものといえ、その際には内部通報制度はこれを実効的に実現するために機能することが期待される制度といえます。

会社法上の内部統制においては、会社役員(取締役・監査役等)の善管注意義務の一貫として内部統制システム構築義務が観念されますので、内部通報制度の構築を怠った結果、会社役員(取締役・監査役等)が善管注意義務違反を問われる虞は存在することになり得ます。

ところで、 会社役員(取締役・監査役等)の内部通報制度構築義務が争われた事件は少ないですが、ダスキン事件控訴審では、一審原告株主が法令遵守の徹底のために、コンプライアンス部門や品質管理機関の設置と通報者が保護される内部通報制度の整備を求め、これを怠った一審被告会社役員(取締役・監査役)らには、内部通報制度を含む法令遵守体制の整備義務違反の責任を免れない旨を主張したのに対して、大阪高裁は、いかなる法令遵守体制を整備すべきかは取締役の経営の裁量に委ねられることを前提として、

①経営上の重要事項を取締役会報告事項と定め、従業員に対してもミスや突発的問題を速やかに報告するよう周知徹底し、違法行為発覚時の対応についても定めていたこと

②食中毒事案に関する企業不祥事の事案を採り上げたセミナーを開催していたことを指摘して、コンプライアンス部門や品質管理機関の設置、内部通報制度の整備がなくとも法令遵守体制が整備されていなかったとまではいえないと判示しました。

もとより、事件事故の経験の蓄積とそれを踏まえたコンプライアンス体制のあり方に関する当該会社や業界の対応、さらには一般的な実務の動向に従って、整備すべきコンプライアンス体制のレベルは高まる余地のあるものであって、同時に会社役員(取締役・監査役等)がその整備の不備を理由に善管注意義務違反を問われる場面も変わりうるというべきですから、上記の判示のみをもって、会社役員(取締役・監査役等)の善管注意義務違反が一般的に否定されたことにはならないというべきでしょう。

この点、コンプライアンス体制のあり方として内部通報制度が多くの企業で導入され、監査役の監査基準にも挙げられるようになった今日、同制度抜きにコンプライアンス体制を維持、確立することが果たして可能であるかが、会社役員(取締役・監査役等)の善管注意義務の観点から慎重に吟味されなければならないといえます。

その際、コンプライアンス体制の堅持に内部通報制度が必要であるというのであれば、それが形式的に導入されているというだけでは実質的な意味があるとは思われず、むしろ、それが実際に効果的に運用されていることこそが求められるというべきでしょう。

この点、制度及び通報窓口の存在と運用状況の社員への周知、通報者の匿名性保護や秘密保持、不利益処分の禁止はその出発点であり、社外窓口の併用による信頼感の担保や適正な通報処理の実績により社員の信頼を得ることによってこそ、内部通報制度は十分に機能するものというべきです。

こうして内部通報制度の存在が、違法行為の抑止力となるとき、企業のコンプライアンスにおけるPDCAサイクルは一段高いレベルに達したということができるでしょう。

こうしてより高い次元のコンプライアンス体制を実現することが業界標準となるとき、法的には善管注意義務として求められる注意のレベルが一層高まるといえるように思われます(以上、同文舘出版「会社役員の法的責任とコーポレートガバナンス」当職執筆部分参照)。


田島・寺西法律事務所
弁護士 田島正広


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