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> 2014/05/23 企業経営
顧問弁護士を社外取締役に選任することの可否~会社法,東証独立性基準に照らして
Q 東京証券取引所に上場している当社は,社外取締役を顧問弁護士に依頼しようと思いますが,問題はありますか。
A 顧問弁護士が社外性の要件を満たすかは必ずしも明確ではありませんが,実務上就任事例が散見されるに至っています。その際,顧問弁護士がこれまで受けていた報酬の金額次第では,東証の独立性基準に抵触する可能性があるので留意する必要があります。1 会社法上の社外取締役の要件
2014年改正会社法は企業統治のあり方を見直すと共に,社外取締役・社外監査役の要件を改めて,独立性に疑問のある場合を排除する一方,時間の経過による例外を定めています。本問と関連するのは,会社の使用人に関する制限です。すなわち,会社法が必要条件として求める社外取締役の要件には次の条項が挙げられています(会社法2条15号から抜粋。要約は筆者)。
イ 現在も含め就任前10年内に,当該会社,子会社の業務執行取締役,執行役又は支配人その他の使用人に就任したことがないこと。
ハ 当該会社の自然人たる支配株主,又は親会社の取締役,執行役,支配人その他の使用人でないこと。
この点,従前兼任の可否の問題は,顧問弁護士の社外監査役への選任の可否について主として議論されてきました。すなわち,監査役の独立性を求める会社法335条2項が兼任を禁止する「使用人」に顧問弁護士が該当するか,弁護士の職務の独立性,営利性の両面に照らし,これが従業員と同視されるべきかの問題です。
本問の社外取締役に求められるのが独立的立場からの企業統治,業務執行に関する監督であることに照らせば,監査役と社外取締役とで独立性に関する議論に大きな相違があるとも思えません。会社法においても社外監査役と社外取締役の要件において,使用人の兼任制限に特段の相違は設けられていません。
この点,会社法335条2項の「使用人」論については,従来法務省は,民事局4課の回答で,顧問弁護士も旧276条(会社法335条2項に相当)の「使用人」に該当すると解しており,「会社の顧問弁護士である者をその会社の監査役に選任する場合には,監査役就任の承諾を得る際に,顧問契約を解除しておくのが相当である」としていました。
これに対して,日弁連は,会社の顧問弁護士は独立した業務をしており,使用人ではなく,顧問弁護士が当該会社の監査役を兼任することは旧商法276条には抵触しない,ただし兼任することの妥当性については慎重に配慮せよとの立場をとってきました。日弁連の見解は,顧問弁護士は独立した業務であり,会社ないし経営陣に対する従属関係にはないことを基準として考えていて,弁護士倫理18条の「自由かつ独立した立場」とも関わっているとされます(以上,公益財団法人日弁連法務研究財団・「コーポレート・ガバナンスと法律業務」1 家近正直弁護士(大阪弁護士会会員)講演録参照)。
最高裁は,監査役である弁護士がその会社の訴訟代理人となることは容認しており(最判昭和61年2月18日民集40巻1号32頁),個別事件の訴訟代理人と顧問弁護士との間で独立性・従属性に違いがあるとも思えないことに照らせば,顧問弁護士の兼任についても容認されるべきようにも思えるところです。
これらに鑑みて,私としては,弁護士業務の独立性に力点を置く日弁連の見解に魅力と自負心を感じる訳ですが,ただし,法務省の上記認識を前提とする限り,顧問弁護士の使用人性を正面から否定できるかどうかについて法的リスクが全くないとまでは言い難く,とすれば,顧問弁護士を社外取締役に選任した場合に,社外性が認められないことを理由とする責任や手続的瑕疵がなお懸念される余地が残ることにもなります。
例えば,選任に関わる経営陣の善管注意義務違反,登記上の問題,社外取締役の責任限定契約の無効等の問題等です。特に,会社の唯一の社外取締役が顧問弁護士だったとなると,監査役会設置会社で金融商品取引法24条1項により有価証券報告書提出を義務付けられている会社であれば,社外取締役を置くことが相当でない理由の開示が必要だったことになり(会社法327条),手続的瑕疵の余地を残すことにもなります。
なお,この点について法務省は,現段階としては特段の見解を示してはいません。また,社団法人日本監査役協会監査法規委員会は,会社法が顧問弁護士の社外監査役就任を特に制限していないことを前提にして,後述の独立性基準を満たしておればその選任に問題はないとのスタンスを示しています(http://www.kansa.or.jp/support/el001_100301.pdf)。
実際に実務上も,収受している顧問料が後述の独立性を害する程高額ではないことを開示して顧問弁護士を独立役員に任用する旨のIR情報が散見されるに至っている状況です。
こうした実例の集積により,これらの任用判断に関する実務の方向性も社外性を容認する方向性へと固まっていくことが期待され,そうなれば上記手続的瑕疵の懸念も杞憂となっていくように思われます。
2 東京証券取引所における独立性基準
一方,東京証券取引所においては,経営陣と一般株主との利益相反問題に関し,一般株主保護の観点から,経営陣から独立した役員を確保することを目的として,独立役員(社外取締役・社外監査役)の確保に係る企業行動規範が導入されています。
そこでは,上場内国株券発行者は,社外取締役または社外監査役を1名以上確保することが義務付けられており(上場規程436条の2),また,社外取締役の確保に関する努力義務もある他(同445条の4),独立役員届出書の提出が義務付けられています(同436条の2)。
ここでいう独立性の基準のうち,本問と関係する条項は,次の通りです(上場管理等に関するガイドラインⅢ5.(3)の2)。
c 当該会社から役員報酬以外に多額の金銭その他の財産を得ているコンサルタント,会計専門家又は法律専門家
d 最近においてaから前cまでに該当していた者
ここでは,使用人という立て付けではなく,むしろ「役員報酬以外に多額の金銭その他の財産を得ている」かどうかという実質基準が定められており,かつ,独立性基準に抵触しない場合であっても、「一般株主と利益相反が生ずるおそれがない」とはいえない場合には,独立役員の要件を満たさないとされています。
顧問弁護士が,実際に一般株主と利益相反を生じる事態はあまり考えられませんが,役員報酬以外に多額の報酬を得ることはむしろ想定され得ることです。ここでは,多額とはいくらかが問われることになりますが,金額の多寡は独立性基準において,一般株主から見た時に利益相反を生じる虞を感じさせる事情の判断材料と位置付けられているように思われます。それは,多分に事案毎の判断になるだけに,一定程度高額に及ぶ場合には,前項同様社外取締役選任についてリスクが懸念される場合が否定しきれないように思われます。
なお,結果として,社外監査役を含め独立役員が不在ということになれば,企業行動規範に違反したものとして,状況次第で,公表措置,上場契約違約金の徴求,改善報告書・改善状況報告書の徴求,特設注意市場銘柄への指定など所定の措置を講じられることがあり得るところとなります。
3 まとめ
これらに照らすと,顧問弁護士を顧問契約を維持したまま社外取締役に選任することについては,会社法上は実例の集積の中でその社外性への懸念が否定される実務的運用が確立することが期待される段階といえるでしょう。また,独立性基準上は,顧問弁護士としての報酬額が相当程度高額に渡らないよう自粛することが,リスクを軽減するための確実な方法と言わざるを得ないこととなります。本来会社法の「使用人」概念について,よりきめ細かく独立性を阻害する要因を法律ないし省令で具体化すべきであり,また,独立性基準上も「多額」性について具体的な運用基準を明確化すべきところと思われますが,それが実現していない現状においては,上記リスクと実務の展開を踏まえて,漸進的な対応を取るのがこの問題に対する適切な対応であるように思います。
(2016年7月改訂)
田島・寺西法律事務所
弁護士 田島 正広
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