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> 2016/02/05 企業経営

特別支配株主の株式等売渡請求

Q 平成26年会社法改正により,特別支配株主の株式等売渡請求という制度が新設されたと聞きました。どのような制度か教えてください。


A この制度は,対象会社の総株主の議決権の10分の9以上を有する株主(特別支配株主)が,対象会社に対して一定の事項を記載した通知を行い,対象会社において,その承諾や売渡株主に対する通知・公告等の手続を経ることにより,特別支配株主が少数株主の有する株式等(株式,新株予約権,新株予約権付社債を指します。以下,同じ。)の全部を,少数株主の個別の承諾なく,直接,金銭を対価として取得すること(キャッシュアウト)を可能にするものです。

1 制度の概要

 この制度は,特別支配株主が対象会社の株主総会決議を経ることなく,少数株主の有する株式等(株式,新株予約権,新株予約権付社債を指します。以下,同じ。)の全部を,少数株主の個別の承諾なく,少数株主から直接,金銭を対価として取得すること(キャッシュアウト)を可能にするものです。
 キャッシュアウトの利点としては,長期的視野に立った柔軟な経営の実現,株主総会に関する手続きの省略による意思決定の迅速化,株主管理コストの削減が挙げられます(坂本三郎編著『一問一答平成26年改正会社法』251頁(商事法務,第2版,2015年))。
 この制度により,これまでのキャッシュアウトの手法である全部取得条項付種類株式の取得において,常に,株主総会の特別決議が要求されていたこととは異なり,機動的なキャッシュアウトが可能になりました。

2 要件

? 特別支配株主
 特別支配株主とは,対象会社の総株主の議決権の10分の9以上を有する者をいいます(会社法(以下,「法」といいます。)179条1項)。
 議決権保有割合の算定に当たっては,特別支配株主となる者が自ら保有する議決権に加えて,その者の特別支配株主完全子法人(特別支配株主となるものが発行済株式の全部を有する株式会社その他これに順ずるものとして法務省令で定める法人)が有する議決権も合算されます(同条1項)。
 また,上記,議決権保有割合は,対象会社に対し,株式等売渡請求をする旨を通知するとき,その承認を受けるとき,売渡株式等の全部を取得する取得日において,満たしている必要があります(法179条の3第1項,法179条の9第1項)。

? 対象会社
 対象会社は,公開会社に限られず,公開会社でない場合にも利用できることとされています。なお,清算株式会社は,対象会社となることはできません(法509条第2項)。

? 対象となる株式等
 株式売渡請求は,対象会社の株主(対象会社及び特別支配株主は除きます。以下,売渡請求の対象となる株主を「売渡株主」といいます。)の全員に対して行わなければなりません(法179条第1項本文)。なお,既に特別支配株主の支配が及んでいる特別支配株主完全子法人については,特別支配株主が,同法人に対して株式売渡請求をしないことを選択することができます(同条第1項ただし書,法179条の2第1項第1号)。
 そして,株式売渡請求は,売渡株主の有する対象会社の株式の全部(種類株式発行会社であれば全種類株式)について行わなければなりません(法179条第1項)。
 また,特別支配株主は,株式売渡請求と併せてする場合に限って,新株予約権者に対して,新株予約権の売渡請求をすることもできます(同条第2項)。なお,この請求が新株予約権付社債に付された新株予約権の場合,当該新株予約権の募集事項に別段の定めがある場合を除き,社債部分についても売渡請求をしなければなりません(同条第3項)。

3 手続 

? 手続の流れ
? 特別支配株主から対象会社への通知
 特別支配株主は,株式等売渡請求をしようとするときは,対象会社に対し,株式等売渡請求の条件(売渡株主に当該売渡株式の対価として交付する金額又はその算定方法,株式を取得する取得日等)を定め,対象会社に通知する必要があります(法179条の2,同法179条の3)。

② 対象会社による承認
 特別支配株主は,株式等売渡請求につき対象会社の承認を受けなければなりません。対象会社が取締役会設置会社である場合は,承認するか否かの決定は,取締役会の決議によらなければなりません(法179条の3第1項)。
 なお,対象会社が種類株式発行会社である場合,株式等売渡請求の承認が,種類株式の種類株主に損害を及ぼすおそれがあるときは,定款の定めがない限り,当該種類株式の種類株主を構成員とする種類株主総会の決議が必要になります(法322条第1項第1号の2,同条第2項)。

③ 売渡株主等に対する通知・公告等
 対象会社は,特別支配株主の株式等売渡請求を承認したときは,取得日の20日前までに,売渡株主等(売渡株主及び売渡新株予約権者)に対し,株式等売渡請求を承認した旨,特別支配株主の氏名又は名所及び住所,株式等売渡請求の条件等を通知しなければなりません(法179条の4第1項第1号)。
 また,売渡株式の登録株式質権者及び売渡新株予約権の登録新株予約権者に対しても,株式等売渡請求の承認をした旨を通知する必要があります(同項第2号)。
 これらの通知のうち,売渡株主に対するもの以外については,公告をもって代えることができるとされています(同条第2項)。

④ 事前開示手続
 対象会社は,売渡株主等に対する通知又はこれに代わる公告のいずれか早い日から取得日後6か月(対象会社が公開会社ではない場合,取得日後1年)を経過するまでの間,特別支配株主の氏名等や株式等売渡請求の条件等を記載した書面等をその本店に備え置き,売渡株主等による閲覧等に供しなければなりません(法179条の5)

⑤ 特別支配株主による売渡株式等の取得
 株式等売渡請求をした特別支配株主は,取得日に,売渡株式等の全部を取得します(法179条の9第1項)。
 なお,特別支配株主が取得した株式が譲渡制限株式の場合であっても,譲渡承認があったものとみなされるため,実際に譲渡承認を得る必要はありません(同法第2項)。

⑥ 事後開示手続
 対象会社は,取得日後遅滞なく,株式と売渡請求により特別支配株主が取得した売渡株式等の数その他の株式等売渡請求による売渡株式等の取得に関する事項として法務省令で定める事項を記載した書面等を作成し,取得日から6か月間(対象会社が公開会社ではない場合,取得日から1年間),当該書面等をその本店に備え置くととともに,取得日に売渡株主等であったものによる閲覧等に供しなければなりません(法179条の10,会社法施行規則33条の8)。

? 撤回
 特別支配株主は,株式等売渡請求について対象会社の承認を受けた後は,取得日の前日までに対象会社の承諾を得た場合に限って,売渡株式等の全部について,株式等売渡請求の全部を撤回できます(法179条の6第1項)。
 対象会社が撤回の承諾をしたときは,遅滞なく,売渡株主等に対し,当該撤回を承諾した旨を通知又は公告しなければなりません(同条第4項,第5項)。対象会社がこの通知又は公告をした時点で,株式等売渡請求は,売渡株式等の全部について撤回したものとみなされます(同条第6項)。

? 備考
 対象会社が株券発行会社である場合は,株式等売渡請求の承認に際して,株券の提出に関する通知及び公告を行う必要があります(法219条第1項第4号の2)。
 また,対象会社が上場会社の場合,社債株式振替法,金融商品取引法,有価証券上場規程等にも配慮する必要があります。
   
4 売渡株主等による対抗措置

(1) 売渡株式等の取得をやめることの請求(法179条の7)
 売渡株主は,株式売渡請求が法令に違反する場合(同条第1項第1号),対象会社が売渡株主に対する通知若しくは事前開示手続を行う義務に違反した場合(同項第2号),売渡株式等の売買価格等が著しく不当である場合(同項第3号),売渡株式等の全部の取得をやめることの請求ができます。
 また,株式売渡請求に併せて新株予約権売渡請求がされており,新株予約権売渡請求が法令に違反する場合などの差止請求の要件が認められる場合には,売渡新株予約権者にも,売渡株式等の全部の取得をやめることの請求が認められます(同条第2項)。
 もっとも,売渡株主等が取得日の20日前に通知を受けるとして,準備期間及び審理期間が20日間しかないことからすれば,訴訟で差止の判決を取得することは時間的に困難です。株式等売渡請求の差し止めを求めるのであれば,早急に仮処分の申し立てを行う必要があるといえます。

? 売買価格の決定の申立て(法179条の8)
 また,売渡株式の売買価格に不服がある売渡株主等は,取得日の20日前の日から取得日の前日までの間に,裁判所に対し,その有する売渡株式等の売買価格の決定の申立てをすることができます。

? 売渡株式等の取得の無効の訴え(法846条の2)
 株式等売渡請求に係る売渡株式等の全部取得の無効は,訴えによってのみ主張することができることとされています(同条第1項)。提訴期間は,取得日から6か月間(対象会社が公開会社でない場合には,1年間)です。
 提訴権者は,取得日において売渡株主又は売渡新株予約権者であった者(同条第2項第1号),取得日において対象会社の取締役,監査役または執行役であった者並びに対象会社の取締役若しくは清算人(同項第2号)であり,被告は,特別支配株主です(法846条の3)。
 無効事由については,明示的な規定は設けられておらず,解釈に委ねられています。無効事由の具体例としては,①取得者の持株要件(法179条1項)の不足,②対価である金銭の違法な割当て(法179条の2第3項),③対象会社の取締役会・種類株主総会の決議の瑕疵(法179条の3第3項,法322条第1項第1号の2),④売渡株主等に対する通知・公告・事前開示書類の瑕疵・不実記載(法179条の4,179条の5),⑤取得の差止仮処分命令への違反(法179条の7)等であるとされ,⑥対価である金銭の交付の不履行が著しい場合,⑦対価金銭の額の著しい不当又は「締出し目的の不当」も無効原因となり得るとされています(江頭憲治郎著『株式会社法』282頁(有斐閣,第6版,2015年))。

? 役員への責任追及
 さらに,対象会社の取締役が株式等売渡請求の承認に際し,善管注意義務に違反して承認をした場合(例:売渡株主等の利益の配慮を怠り,売渡株式等の売買価格が相当でないにもかかわらず承認をした場合など)には,売渡株主等は,取締役に対し,第三者に対する損害賠償責任を追及することも考えられます。

弁護士 西川 文彬

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