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> 2015/07/24 企業経営

株式会社における自己株式の合意取得について

Q 株式会社が自己株式を株主との合意に基づいて取得する場合,いずれの機関による決議が必要になるのでしょうか。また,市場において行う取引で上場株式である自己株式を取得することを検討していますが,具体的にはどのような取引があるのでしょうか。


A 株式会社が自己株式を株主との合意に基づいて取得する場合,原則として,株主総会決議による必要があります(会社法第156条第1項)。しかし,一定の場合には,取締役会の決議によって,自己株式を取得することが可能です。  

 上場株式である自己株式(以下,「上場自己株式」といいます。)を市場において行う取引(以下,「市場取引」といいます。)によって取得する方法としては,オークション市場による単純買付けによる方法,事前公表型による方法(オークション市場における買付け,終値取引(ToSTNeT-2)による買付け,自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)による買付け)が挙げられます。
※本稿は,東京証券取引所における市場取引を前提としております。



1 自己株式の取得の規制

 会社が株主との合意に基づいて自己株式を取得することは,以下の弊害が生ずるおそれがあることから,その取得価額は株主への分配可能額の範囲内でなければならず(財源規制),また,株主の平等等を確保するため,法が定める手続等の規制に従わなければなりません(手続規制)。

 弊害としては,

①資本金・準備金を財源とする取得は,株主への出資払戻と同様の結果を生じ会社債権者の利益を害する(資本の維持),

②株主への分配可能額を財源とする取得でも,流通性の低い株式を一部の株主のみから取得すると株主相互間の投下資本回収の機会の不平等を生じさせ,また取得価額いかんによっても残存株主との間の不公平を生じさせる(株主相互間の公平),

③反対派株主(グリーンメーラー等を含む)から株式を取得することにより取締役が自己の会社支配を維持する等,経営をゆがめる手段に利用される(会社支配の公正),

④相場操縦(金融商品取引法(以下,「金商法」といいます。)第159条),インサイダー取引(金商法第166条)などに利用される(証券市場の公正)

等が挙げられています(江頭憲治郎著『株式会社法』246頁(株式会社有斐閣,第6版,2015年))。

2 自己株式を株主との合意に基づいて取得する場合の決議  

 株式会社が自己株式を株主との合意に基づいて取得する場合,原則として,株主総会の決議によって

①取得する株式の数

②株式を取得するのと引き換えに交付する金銭等の内容及びその総額

③株式を取得することができる期間(1年を超えることはできません)

を定めることが必要であり(会社法第156条第1項),その上で,取締役会において,取得価格等を決定することになります(会社法第157条,取締役会設置会社の場合)。

 しかし,以下の場合には,上記弊害がそれほど懸念されないことから,取締役会の決議によって,自己株式を取得することが可能とされます。

(1)取締役会設置会社における子会社からの取得(会社法第163条)

(2)株式会社が市場において行う取引又は公開買付けの方法による取得(会社法第165条)※取締役会の決議によって定めることができる旨の定款の定めが必要

(3)剰余金の配当等を取締役会が決定する旨の定款の定めがある会社において,株主全員から譲渡しの申し込みを受ける場合の取得(会社法第459条第1項第1号)  

 なお,特定の株主から取得する場合(株主全員に譲渡の勧誘をする方法(会社法158条,同159条),市場取引等(会社法165条)以外の方法により取得する場合)には,上記①から③までの事項のほか,その株主の氏名も株主総会の決議による必要があります(会社法160条1項,同309条2項2号)。 

 特定の株主から取得する場合には,剰余金の配当等を取締役会が決定する旨の定款の定めがある会社(上記(3))も株主総会決議による必要がある点に注意が必要です。

3 上場自己株式を市場取引によって取得する方法

 上場自己株式を市場取引によって取得する方法としては,オークション市場による単純買付けによる方法,事前公表型による方法(オークション市場における買付け,終値取引(ToSTNeT-2)による買付け,自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)による買付け)が挙げられます。 

(1) オークション市場における単純買付けによる方法   

 オークション市場における単純買付けとは,自己株式の取得枠の決定について公表した上で,オークション市場において単純買付けを行う場合を指します。なお,個々の取得をした場合には,速やかに,取得対象の株式の種類,株式の総数,取得価額の総額を開示することとされています。   
 上場会社がオークション市場における単純買付けを行う場合,有価証券の取引等の規制に関する内閣府令(以下,「有価証券取引規制府令」といいます。)により,1日に2以上の金融商品取引業者等に対して,株式の買付等を行わないこと(有価証券取引規制府令第17条第1号),価格規制(同条第2号),数量規制(同条第3号)などの適用を受けます。

(2) 事前公表型による方法   

 事前公表型の自己株式取得とは,買付日の前日にあらかじめ具体的な買付内容を公表した上で,オークション市場,終値取引(ToSTNeT-2)又は自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)において,自己株式取得のための買付けを行うものを指します。

 事前公表型のオークション市場における買付け及び終値取引並びに自己株式立会外買付取引は,有価証券取引規制府令第23条(取引の公正の観点から適当と認められる方法)の要件を満たす買付け方法となっており,同府令第17条から第20条の適用が除外されます。

 ここで,事前公表型のメリットは,

①日々の株価等の動向をみながら機動的な買付けが可能であり,また,公開買付け等と異なり,法定公告が求められることがないためコスト・メリットが高い。

②株主からまとまった数量の買付けを行うことが可能。

③インサイダー取引規制や相場操縦規制の問題はディスクロージャーにより対応。

④東証における売買制度の利用により,他の株主の取引機会を確保し,取引の公正性や透明性を確保。

とされ,加えて,事前公表型の終値取引(ToSTNeT-2)及び自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)については,

①既に決定した価格で取引が行われるため,あらかじめ買付(株主にとっては売付)代金が確定。

②ToSTNeT-2 では時間優先の仕組み,ToSTNeT-3 では取引参加者間でのあん分比例の仕組みにより,他の株主の取引機会を確保。

③既に決定した価格で,かつ,立会時間外の取引のため,マーケットに直接的なインパクトを与えることはない。

というメリットがあるとされています(『東証市場を利用した自己株式取得に関するQA集』8頁(株式会社東京証券取引所,改訂版,2015年)。

 以下,各買付方法の概要をご説明いたします。

① 終値取引(ToSTNeT-2)による買付け   

 東証の立会市場以外の市場(以下,「ToSTNeT 市場」といいます。)における売買で,立会市場で決まった最終値段で,立会時間外に売り注文と買い注文を集めて取引を成立させるものです。

 自己株式取得は午前8 時20 分から8 時45 分の前日最終値段を利用した取引で行われます。

② 自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)による買付け   

 東証のToSTNeT 市場における売買であり,終値取引(ToSTNeT-2)と異なり,自己株式取得のための売買のみが行われるものです。具体的には,自己株式取得のための買付けを行おうとする日の前営業日に,買付会社から買付けの委託を受けた証券会社が東証に届出(銘柄,買付数量,買付値段等)を行ったうえで,買付日の午前8 時から8 時45分まで売り注文を集めて買付会社の買い注文との間で取引を成立させるものです。

 買付値段は前営業日の立会市場における最終値段(最終気配値段を含む。買付日が配当落等の期日である場合や,前営業日に最終値段(最終気配値段を含む)がない場合は買付日における当該銘柄の基準値段)となります。

 終値取引と異なり,買い注文が買付会社の注文に限定されています。

また,信用取引の利用はできません。

③ オークション市場における買付け 

 事前に買付内容を公表した上で,東証のオークション市場を利用して買付けを行うものです。

 有価証券取引規制府令23条において,事前公表型のオークション市場における買付けでは,前日終値以下の価格(成行注文禁止)で発注することとされています。

 なお,オークション市場では,需給動向によって株価が決定し,売買が成立していくため,発注価格を上回る値段で株価が推移した場合には,結果としてその日に買付けが行えない可能性も指摘されています(前掲『東証市場を利用した自己株式取得に関するQA集』12頁)。

 以上,自己株式の取得における手続規制からの側面(授権決議を行う機関,市場取引の内容)について概説いたしましたが,一般的に,自己株式の取得は,その重要性から厳格な手続が要求されています。また,上場企業においては,金融商品取引法における規制も存在しますので,自己株式の取得及び取得方法は慎重に決定する必要があります。

田島・寺西法律事務所
弁護士 西川 文彬

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