コラム「企業法務相談室」一覧

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  • 2019/09/27 商取引 Gメンも登場! 消費税転嫁対策特別措置法を知っていますか!?10月1日からの下請取引に十分に気を付けましょう!(遠藤啓之弁護士)

    Gメンも登場! 消費税転嫁対策特別措置法を知っていますか!? 10月1日からの下請取引に十分に気を付けましょう!

    令和元年10月1日から消費税率が10%になります。これに合わせて下請取引において知らないうちに消費税転嫁対策特別措置法に違反しないように気を付けましょう。


    1. 消費税転嫁対策特別措置法
     令和元年10月1日の消費税率の10%への増税に向けて、キャッシュレス決済・ポイント還元事業、軽減税率等がテレビやスマホニュース等で取り上げられています。
     消費税転嫁対策特別措置法をご存知でしょうか。
     この法律の正式名称は、消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法という長いものであり、一般の方にはなじみがないかもしれません。
     この法律によって、消費税率が引き上げられたにもかかわらず、きちんと増税分を支払ってくれなかったり(減額)、価格を据え置くと称して、消費税率の引き上げの前後で毎月の支払単価を同じにするために実質的に本体価格の値引き(いわゆる買いたたき)を求めたりすることが違反となります。
     たとえば、本体価格100円の商品・サービスは、令和元年9月時点であれば税込みで108円ですが、令和元年10月1日から税込みで110円となります。そこで、下請取引に限らず、買い手側が支払う金額をそのままにしたいために税抜き本体価格100円の商品を税込み108円のままで買えるように売り手側に求めてくるのです。世の中の状況が何も変わっていないのに、日付が10月1日になって消費税率が引き上げられたから支払う金額が高くなるということで、買い手側は支払う金額を増税後の10月1日以降もそのままにしたいと思うのですが、これをされてしまうと、売り手側は実質的に値下げを強いられることになります。これでは、売り手側は、自分が商品・サービスを調達するときには10%の消費税を支払わなければならないのに、商品・サービスを供給するときには価格を据え置かれてしまうことで、利益がそこなされてしまいますし、最悪の場合、原価割れしてしまいます。そこで、消費税転嫁対策特別措置法はこれを禁止しています。

    2. 下請法(下請代金支払遅延等防止法)との関係
     消費税率の引き上げに伴って行われる減額や買いたたきは、下請法(正式名称は下請代金支払遅延等防止法)によっても禁止されていますが、消費税転嫁対策特別措置法は、これをさらに明確にするために、消費税率が引き上げられたにもかかわらず、契約書や発注書の税抜き・本体価格に増税後の消費税をきちんと乗せた金額ではなく、増税前の金額で支払おうとする減額や増税後も増税前の税込み価格に無理に据え置くことで本体価格の実質的値引きを強いる買いたたきを法律に違反する減額・買いたたきとしています。
     消費税転嫁対策特別措置法では、下請法の下請事業者にあたる売り手側を特定供給事業者、下請法の親事業者にあたる買い手側を特定事業者と定義しています(資本金による区分の有無の違いはありますが、本コラムでは省略します。)。下請法では、減額は、契約時・発注時に定めた金額を、合理的な理由なく、下請事業者に責任がないにもかかわらず下げることを禁止しています。また、同様に、下請法では、これから契約・発注する際に、取引価格について通常の取引価格よりも著しく低い金額で一方的に定める行為を買いたたきとして禁止しています。
     減額はいわば後出しじゃんけん、買いたたきはいわば契約前の低い価格の押し付けといえます。
     ちなみに、買いたたきについては、原材料価格の高騰、消費税率の引き上げ、毎年の最低賃金の改定等に見られる人件費の高騰といった事情にもかかわらず、取引価格を現在の価格に一方的に据え置くことは、買いたたきにあたりうると考えられますので、令和元年10月1日以降の価格決めについては、留意する必要があります。下請事業者(売り手側・供給事業者)と十分に協議をした上で、合理的理由のある価格決定が求められるところです。

    3. 何に気を付けるべきか?
     消費税転嫁対策特別措置法を所管する中小企業庁(経済産業省の外局)では、消費税転嫁対策として、次のような事例は同法違反に当たりうるとして、注意を促しています。

    参照:http://www.jtf.jp/pdf/gmen.pdf

    (1) 御社は免税事業者だから消費税は払いません、消費税率引上げ後も8%に据え置きます。
     消費税は、課税期間の基準期間における課税売上高が1000万円以下の事業者は、その課税期間中に国内において行った課税資産の譲渡等について納税義務が免除されます。そこで、下請事業者と取引をしている親事業者は、下請事業者に対して、「おたくは消費税を納税しなくていい免税事業者なんだから、消費税が上がっても価格はそのままでいいよね。」などと言われてしまい、消費税増税後も消費税10%で支払ってもらえなかったり(減額)、税込みの価格を8%で計算したときの金額と同額に据え置かれたり(買いたたき)されてしまうことがあります。
     これは典型的な消費税転嫁対策特別措置法違反の減額・買いたたきにあたると解されますので、取引先に対してこのような対応をしたりしないように、また、取引先からこのような対応をされたら是正をするように求めたいところです。

    (2) フリーの委託事業者には消費税はそのままにさせていただいております。
     法人ではなく個人事業主、フリーの個人事業主が取引をする場合に、買い手側から、「フリーの事業者さんには消費税は据え置かせてもらっています。」等と言われることがあります。このような場合も消費税率は軽減税率を除いて10%に引き上げられており、契約時や発注時に決めた価格を支払う段階で一方的に減額することやこれから契約・発注するときに税込み価格を増税前の価格に据え置くことは本体価格の一方的な値引きとして減額・買いたたきとして消費税対策特別措置法に違反します。
     取引相手が法人ではなくフリーの個人事業主であるからといって、消費税率増税後に契約・発注時点の本体価格の金額に増税後の10%の価格を乗せた金額よりも低い金額で一方的に支払ったり、本体価格に消費税を乗せた金額を消費税率増税後も同じになるように据え置いたりすることは、減額・買いたたきとして消費税転嫁対策特別措置法違反になりますので、ご留意ください。

    (3) 税込み価格だから増税は関係ないよ。
     契約書や発注書面に金額が「〇円(税込み)」とされている場合に、「増税後も同じ価格ですよ。契約書・発注書に書いてあるとおりですよ。」等と言われることがあります。
     この場合、契約書や発注書面に「公租公課に変更があった場合には、変更後の公租公課で計算された金額を支払う。」旨の規定がなくても、契約・発注時点での本体価格・消費税額を計算することができますので、たとえ「税込み」表示であっても、消費税率引き上げ後は、引き上げ後の税率を本体価格にかけて算出された金額を払わなければなりません。
     契約書や発注書面に金額が「〇円(税込み)」とされていても、支払う時点の消費税率で計算しなおした金額で支払わなければ減額にあたりますし、契約更新時等に合理的な理由なく消費税率引き上げ前の金額に据え置いた税込み金額を定めることは買いたたきにあたります。
     なお、事業用建物賃貸借契約の場合、建物の賃料であっても消費税が課税され、契約書に税込みと記載されていることがよくありますが、消費税転嫁対策特別措置法上、例外とはなっていませんので、消費税率引き上げ後は、10%で計算した金額で支払う必要があります。

    (4) (工事などの継続的役務提供の場合に)継続的な契約だし、前からの契約だから税率は増税前と同じだよ。
     工事などのある程度一定の期間を要する契約や継続的な契約の場合、契約や発注時点と課税資産の譲渡・役務の提供の時点が大きくずれることがあります。この場合、経過措置として消費税率引上げの半年前を「指定日」として、指定日より前に契約等を行うことを条件に、改正前の税率である8%が適用される取引がありますが、これにあたらない場合には、継続的な契約であったとしてもしても、課税資産の譲渡等が税率引き上げ後になる場合には消費税率は10%となります。

    4. 消費税率引き上げ後の下請け取引について
     以上のように、消費税率引き上げ後も原価を維持したいとの思いから、消費税率引き上げ前と同じ金額での支払いに収まるようにしようとする動きが生じる可能性がありますが、それは消費税転嫁対策特別措置法に違反するおそれがありますので、十分に留意しましょう。買い手側は不当な減額、買いたたきにあたらないように気を付けるとともに、売り手側として不当な減額、買いたたきと思われる対応を求められたときには、買い手側にそのような対応は消費税転嫁対策特別措置法に違反することを伝えて、是正するように求めたいものです。
     報復をおそれて交渉できない、そのようなときは専門家である弁護士に相談してください!


    弁護士 遠藤啓之


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  • 2016/09/21 商取引 インサイダー取引規制の適用除外(知る前契約・計画)について(西川文彬弁護士)

    インサイダー取引規制の適用除外(知る前契約・計画)について

    Q 平成27年9月の有価証券の取引等の規制に関する内閣府令の改正により,インサイダー取引規制の適用除外となる「知る前契約・計画」の範囲が拡大されたと聞きました。新しく設けられた制度の内容について教えてください。

    A  知る前契約・計画とは,会社関係者等が,未公表の重要事実を知る前に,売買の予定等の必要事項を記載した契約・計画を作成する等の手続を履践することで,その後,重要事実を知ることになっても予定通り売買が可能となる制度です。

    従前は,知る前契約・計画であっても,有価証券の取引等の規制に関する内閣府令(以下,「取引規制府令」といいます。)の個別列挙に定める類型に当てはまらないものについてはインサイダー取引規制の適用除外(金融商品取引法166条6項12号)となりませんでしたが,平成27年9月の改正により包括的な適用除外の規定(取引規制府令59条1項14号)が追加されました。

    包括的な適用除外の要件の概要は,以下のとおりであり,その全てを充足する場合にインサイダー取引規制の適用が除外されます。

    ①未公表の重要事実を「知る前」に締結・決定された契約・計画に基づく売買であること

    ②未公表の重要事実を「知る前」に,かかる契約・計画の写しを証券会社に提出する等したこと

    ③当該契約・計画の中で,売買の具体的内容(期日,期日ごとの売買の数量又は総額)が定められているか,又は裁量の余地がない方式により決定されること

    1 知る前契約・計画とは

    ~以下,金融商品取引法166条6項12号を引用~

     上場会社等に係る第一項に規定する業務等に関する重要事実を知る前に締結された当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等に関する契約の履行又は上場会社等に係る同項に規定する業務等に関する重要事実を知る前に決定された当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等の計画の実行として売買等をする場合その他これに準ずる特別の事情に基づく売買等であることが明らかな売買等をする場合(内閣府令で定める場合に限る。)

    ~引用終了~

     未公表の重要事実を知る前に売買の決定がされている場合においては,会社関係者等と一般投資家との間に情報面の格差がなく,規制する必要がないと考えられるため,平成27年9月の内閣府令の改正により,後記2のとおり,適用除外に関する包括規定が新設され,その適用範囲が拡大されました。


    2 知る前契約・計画の要件

    (1)改正により新設された内容(注:下線引用者)

    ~以下,取引規制府令59条1項14号を引用~

    前各号に掲げる場合のほか次に掲げる要件の全てに該当する場合

    イ 業務等に関する重要事実を知る前に締結された特定有価証券等に係る売買等に関する書面による契約の履行又は業務等に関する重要事実を知る前に決定された特定有価証券等に係る売買等の書面による計画の実行として売買等を行うこと。

    ロ 業務等に関する重要事実を知る前に,次に掲げるいずれかの措置が講じられたこと。

    1) 当該契約又は計画の写しが,金融商品取引業者(法第二十八条第一項に規定する第一種金融商品取引業(有価証券関連業に該当するものに限り,法第二十九条の四の二第十項に規定する第一種少額電子募集取扱業務のみを行うものを除く。)を行う者に限る。(2)並びに第六十三条第一項第十四号ロ(1)及び(2)において同じ。)に対して提出され,当該提出の日付について当該金融商品取引業者による確認を受けたこと(当該金融商品取引業者が当該契約を締結した相手方又は当該計画を共同して決定した者である場合を除く。)。  

    2) 当該契約又は計画に確定日付が付されたこと(金融商品取引業者が当該契約を締結した者又は当該計画を決定した者である場合に限る。)。

    3) 当該契約又は計画が法第百六十六条第四項に定める公表の措置に準じ公衆の縦覧に供されたこと。

    ハ 当該契約の履行又は当該計画の実行として行う売買等につき,売買等の別,銘柄及び期日並びに当該期日における売買等の総額又は数(デリバティブ取引にあっては,これらに相当する事項)が,当該契約若しくは計画において特定されていること,又は当該契約若しくは計画においてあらかじめ定められた裁量の余地がない方式により決定されること。

    ~引用終了~

    (2)各要件について 

    ア 「知る前」の意義   

      「売買等を行う時点において知っている未公表の重要事実を知る前」を意味すると考えられています(金融庁・証券取引等監視委員会「インサイダー取引に関するQ&A問5」)。

      すなわち,売買の計画段階において,未公表の重要事実Aを知っている場合,Aが公表された後において売買することを計画して,証券会社に計画書の写しを提出するなどしておけば,その間に,未公表の重要事実Bを知ったとしても,Aが公表又は中止されていれば,Bの公表前に当初の計画に基づいて売買を実行できることになります。

    イ 「として(契約・計画に基づく売買)」の意義

      契約の履行又は計画の実行として売買を行う必要があり,契約・計画された売買の恣意的な一部実行や一部中止は認められないと考えられます。なお,契約・計画を中止・撤回して売買をしないことは原則として認められるとされています。

    ウ 証券会社(金融商品取引業者)への提出等の意義

      未公表の重要事実を知った後に契約書や計画書がねつ造されることを防止するために設けられたものになります。

      なお,証券会社においては,提出日を確認するだけで,それ以上に内容を確認すること等は求められていません。

    エ 「期日」の意義

      複数の日でも構いませんが,裁量の余地があるような定め方は認められません。

      すなわち,「●●年●●月●●日」や「●●年●●月●●日以降,東京証券取引所における終値が初めて●円を超えた日の翌営業日」等という定めは認められますが,「●●年●●月●●日まで」や「●●年●●月●●日から▲▲年▲▲月日▲▲日までの間」という定めは認められません。なお,「●●年●●月●●日から▲▲年▲▲月日▲▲日まで毎営業日100株」などという期日ごとの定めがある場合には裁量の余地がなく認められます。

    オ 「期日ごとの数量又は総額」の意義  

      期日ごとに数量又は総額を定める必要があります。すなわち,特定の日(1日)における「総額●●円」,「●●株」という定めは認められますが,「1000株以上1万株以下」や「●●年●●月●●日から▲▲年▲▲月日▲▲日まで総額1億円」という定めは認められません。


     これまでは,会社関係者等が未公表の重要事実Aを知っている場合,Aが公表された後において売買しようとしても,その間に未公表の重要事実Bを知ってしまうことで,売買の機会が失われることがありましたが,上記改正は,これまで困難であった自社株売買の機会の確保を図るものになります。

    弁護士 西川 文彬


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  • 2015/12/18 商取引 集合動産譲渡担保契約について(田島・寺西・遠藤法律事務所)

    集合動産譲渡担保契約について

    Q. A社と取引を行う予定なのですが,取引によって生じる債権の額からして,無担保とするのは不安です。A社の所有する不動産には既に担保権が設定されており,また,保証人を付けることも難しそうである一方,A社の倉庫にはA社の仕掛品や在庫商品が保管されているので,これらの物品を担保に取ろうかと考えています。・・・・

    Q.
     A社と取引を行う予定なのですが,取引によって生じる債権の額からして,無担保とするのは不安です。
     A社の所有する不動産には既に担保権が設定されており,また,保証人を付けることも難しそうである一方,A社の倉庫にはA社の仕掛品や在庫商品が保管されているので,これらの物品を担保に取ろうかと考えています。
     すなわち,A社の倉庫内の複数の動産に譲渡担保権を設定しようと思うのですが,その場合における注意点などを教えてください。

    A. 
     集合動産譲渡担保権の設定においては, 

     ① 譲渡担保権の目的となる動産について他の担保権が設定されていないかなど権利関係を確認すること 
     ② 目的動産をきちんと特定すること
     ③ 譲渡担保権の対抗要件を具備すること

    等に留意する必要があります。 

     また,集合動産譲渡担保権設定契約書において,目的動産が集合動産譲渡担保の目的であることを明示すべきこと,目的動産について損害保険に付すること,目的動産の数量や管理状況を把握できるようにしておくこと,債務不履行時に目的動産の現実の引渡しが受けられるようにしておくことなどを定めておくことが肝要です。 
     以下,解説します。

    ●集合動産譲渡担保について 
     
     債権を保全するために,取引の相手方が倉庫等で保有している仕掛品や在庫商品といった複数の動産の集合物をまとめて譲渡担保権の目的にすることが認められており,そのような担保は「集合動産譲渡担保」と呼ばれています。 
     この集合動産譲渡担保が設定されると,譲渡担保権設定者(本件でいうA社)は,担保権実行までは「通常の営業の範囲内」であれば,担保の目的となっている集合動産のうちの個々の動産を自由に処分することができますが,個々の動産を処分した場合にはそれに見合うだけの動産を補充しなければなりません。そして,補充された個々の動産は,集合物に加わった時点で譲渡担保の対象となります。また,通常の営業の範囲を超えるような処分や担保権の設定は認められません。

    ●目的動産の権利関係の確認 

     集合動産譲渡担保を設定するに先立って,まず目的となる集合動産の権利関係を確認することが不可欠です。 
     動産は,質権や譲渡担保権,所有権留保,留置権,先取特権などの担保権が競合していることがあり,競合する権利の内容や対抗要件具備の先後によって,せっかく設定した集合動産譲渡担保が他の権利に劣後してしまい,結果として債権の回収可能性が低くなる事態に陥るリスクがあります。それゆえ,集合動産譲渡担保の目的たる集合動産について,自己に優先する第三者の権利が存在しないか,慎重に調査する必要があります。 

     なお,集合動産譲渡担保契約書において,これから設定しようとする譲渡担保権を阻害し得る事由や第三者の権利が存在しないことの表明保証に関する条項を置くことも望ましいでしょう。

    ●目的動産の特定 

     集合動産譲渡担保を設定するためには,担保の目的動産を特定することが要件として求められ,譲渡担保権設定者の一般財産から区別するに足りる程度に特定される必要があります。 
     この点,判例は,「構成部分の変動する集合動産であっても,その種類,所在場所及び量的範囲を指定するなどの方法によって目的物の範囲が特定される場合には,一個の集合物として譲渡担保の目的とすることができる」としています(最判S62.11.10)。

    ●集合動産譲渡担保の対抗要件 

     動産譲渡担保の対抗要件は「引渡し」であるところ,集合動産譲渡担保は,担保権設定後も担保の目的動産を担保権設定者が利用できることにメリットがあることから,ここでいう「引渡し」は,目的物の占有者がそれを手元に置いたまま占有を他者に移す「占有改定(民法183条)」の方法によって行われることになります。 

     なお,譲渡担保設定者(本件でいうA社)が法人である場合には,「動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律(以下,「特例法」といいます。」に基づく動産譲渡登記を行うことにより,民法178条の「引渡し」に代わる対抗要件を具備することもできます(特例法3条1項)。 
     この特例法に基づく登記と民法178条の引渡しが競合した場合,登記の時期と引渡しの時期の先後によって譲渡担保権の優劣が決せられるところ,対抗要件具備の時の証明が容易となることが特例法の登記制度を利用するメリットと言えます。

    ●その他

    ・明認方法 
     譲渡担保の目的となっている集合動産について,その保管場所において,当該集合動産が譲渡担保の目的となっていることを明示するよう譲渡担保権設定者(本件でいうA社)に義務付けておくことにより,第三者による譲渡担保権の競合などを防止することができ,後の紛争予防効果を期待することができます。

    ・損害保険 
     譲渡担保の目的となっている集合動産について,損害保険を付するものとし,保険事故が発生し,譲渡担保権設定者が保険金を受領した場合には,受領した保険金を被担保債権の弁済に充当する旨を定めておくことにより,万一,集合動産が滅失したとしても保険金から債権回収を図ることが望めます。

    ・目的動産の数量,管理状況の報告 
     譲渡担保権者は自己の手元に集合動産を置くわけではないため,譲渡担保の目的たる集合動産の価値や状況等を把握するため,譲渡担保権設定者に目的動産の数量や管理状況の報告を義務付けておくことが肝要です。

    ・不履行時の目的動産の現実の引渡し  
     被担保債権が履行されない場合に譲渡担保権の実行に速やかに移行できるようにするため,債務不履行があった場合には,譲渡担保権者が目的動産について現実の引渡しを受け,直接占有を得られるよう定めておくことが望ましいでしょう。

    田島・寺西・遠藤法律事務所


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  • 2015/11/06 商取引 事業投資有限責任組合における無権代理行為の追認(田島・寺西・遠藤法律事務所)

    事業投資有限責任組合における無権代理行為の追認

    Q 当社はとある投資事業有限責任組合の有限責任組合員ですが,無限責任組合員が組合契約で定めた事業範囲を逸脱して業務執行を行ったことを知りました。もっとも,当該行為は上記組合にとって利益となる行為だったので有効としたいのですが,何か方法はありますか。


    A 投資事業有限責任組合法第3条1項に掲げる事業の範囲内である場合に限り,有限責任組合員全員で「追認」をすることができます。

    1 投資事業有限責任組合について

     投資事業有限責任組合(Limited Partnership 以下,「LPS」といいます)とは,投資事業有限責任組合契約(各当事者が出資を行い,共同で一定の事業の全部又は一部を営む契約)によって成立する無限責任組合員及び有限責任組合員からなる組合を指します(投資事業有限責任組合契約に関する法律2条及び3条 以下「LPS法」といいます)。

     LPSは,民法上の組合(民法667条1項)を基本としながらも,管理者たる無限責任組合員以外の組合員の責任を有限とすることを法的に認める仕組みが採用されており,民法上の組合に比べて投資家が出資に踏み切り易いようになっています。

     もっともその反面,LPSでは,組合員(無限責任組合員であると有限責任組合員であると問わない)の出資を「金銭その他の財産」に限定しています(LPS法6条2項)。民法上の組合と異なり,労務出資が認められていないのです。その理由は,出資を具体的に債務の引き当てになりうるものに限定して,組合と取引関係に入る第三者の保護の観点から,組合の責任財産の充実をはかることにあります。

     LPSでは,投資対象が制限されており,具体的にはLPS法3条1項に列挙されているものに限られます(1号から7号までは投資等資金の供給に関する事業,8号はコンサルティング事業,9号は他の投資組合向けの出資,10号は1号から9号までの事業に付随する事業,11号は外国法人への投資,12号は余裕金の運用)。これらの事業の全部又は一部を営むことを約することで(またそれを含めた絶対的記載事項等を組合契約書に記載することで),LPS法上の契約ということができることになります。

     LPSは無限責任組合員及び有限責任組合員からなることが必要とされているため,無限責任組合員又は有限責任組合員の全員の脱退が,組合の解散事由として定められています(LPS法13条2号)。

    2 無限責任組合員による業務執行

     LPSにおいては,業務執行は無限責任組合員がこれに当たることになります。民法上の組合同様,無限責任組合員は自己の名(○○投資事業有限責任組合 無限責任組合員 甲)で組合のために法律行為をすることができます。LPSは法人格を有しないため,無限責任組合員は,法人の機関としてではなく組合員全員の代理人的地位において業務を執行することとなるのです。なお,民法の委任の規定が準用されており,無限責任組合員は組合の業務を行う上で善管注意義務を負うことになります(LPS法16条)。

     無限責任組合員が複数存在する場合は,組合の業務の執行はその過半数をもって決します。LPS法上,業務執行組合員を定めるための規定は存在せず,LPS法17条において義務付けられている,組合契約の効力の発生の登記事項に業務執行権者が含まれておらず,さらには上記した組合契約書における絶対的記載事項にも業務執行権者が含まれていないことから,無限責任組合員は例外なく全員業務執行に携わらなくてはならず,LPS法7条1項の解釈として組合契約によって一切の業務執行権のない無限責任組合員を定めることはできません。

    3 無権代理行為の追認の可否

     本件においては,無限責任組合員の業務執行としての行為が組合契約において設けた組合の事業の範囲を逸脱しており,当該行為は法的には無権代理行為ということになります。民法上は無権代理行為は本人の追認があれば有効な代理行為とすることができますが(民法第 113 条第 1 項),本件の場合においても追認が可能であるか,LPS法7条4項との関係で問題となります。

     同項は,「無限責任組合員が第3条第1項に掲げる事業以外の行為を行った場合は,組合員は,これを追認することができない」と規定するところ,LPS法においては,LPS法の目的及び組合の事業範囲を法律上定めた趣旨に鑑み,法律上で定められた事業の範囲を逸脱した法律行為については追認を認めず,組合との関係では確定的に無効な行為(無限責任組合員による無権代理行為)とするものです(逐条解説48頁)。

     もっとも,第 3 条第 1 項各号に規定する範囲よりもさらに事業範囲を限定した場合も,契約で定めた事業範囲を超えた行為は全て無権代理行為となりますが,当該行為が法律上の事業範囲を逸脱したものでなければ,追認によりその効果を有効に組合に帰属させることができます。

     以上の通りであるので,無限責任組合員による行為が組合契約で定めた事業の範囲を逸脱しているとして,それが3条1項各号に規定する範囲内か否かによって,追認の可否が異なることになります。

     なお,3条1項各号の範囲外の行為であった場合,追認は認められないことになりますが,当該行為の相手方は,当該行為を行った無限責任組合員に対し,民法第 117条にしたがって無権代理についての責任追及をすることが可能です。


    田島・寺西・遠藤法律事務所


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  • 2015/10/13 商取引 インサイダー取引規制~ストックオプションの行使について~(西川文彬弁護士)

    インサイダー取引規制~ストックオプションの行使について~

    Q 私は,上場会社の従業員ですが,会社から付与されたストックオプションを行使することを考えております。もっとも,私は,会社が他社との業務提携を決定したという未公表の情報を知っておりますので,ストックオプションの行使はインサイダー取引規制に反することになるのでしょうか。また,私がストックオプションを行使して得た株式を売却することは許されるのでしょうか。


    A ストックオプションとして付与された新株予約権を行使して株式を取得することは,インサイダー取引規制の適用除外に該当するので,未公表の重要事実を知っていても,ストックオプションを行使して株式を取得することは可能です。
     もっとも,ストックオプションの行使によって得た株式を売却することは,インサイダー取引規制の適用除外に該当しません。そのため,未だ公表されていない業務提携の決定(軽微基準に該当する場合を除きます。)という重要事実の決定をご存じであれば,株式を取得しても,当該事実が公表されるまでは売却することが許されません。


    1 インサイダー取引規制の概要

     インサイダー取引規制としては,会社関係者等によるインサイダー取引(金融商品取引法(以下,「法」といいます。)166条),公開買付関係者等によるインサイダー取引(法167条)に分けられます。 
     
     また,インサイダー取引を未然に防止する規制としては,上場会社等の役員及び主要株主に対する売買報告書提出義務(法163条),短期売買差益の提供義務(法164条),空売りの禁止(法165条)等が挙げられます。

     設例は,会社従業員による相談ですので,以下,会社関係者等によるインサイダー取引について概説いたします。

    2 会社関係者等によるインサイダー取引(法166条)

     会社関係者等によるインサイダー取引とは,

    会社関係者
    (①上場会社・親会社・子会社(子会社にかかる重要事実のみ)の役職員,②会計帳簿閲覧権者,③法令に基づく権限を有する者,④契約締結者・締結交渉中の者,⑤②,④と同一法人のほかの役職員)

    元会社関係者
    (会社関係者でなくなってから1年以内の者)

    情報受領者
    (会社関係者・元会社関係者から重要事実の伝達を受けた者等)

    重要事実の決定・発生後公表前に,職務等に関して(注:情報受領者には「職務等との関連性」は要求されません。)重要事実を知りながら特定有価証券等を売買等することを指します(法166条1項,3項)。

     設例において,会社従業員が職務に関して重要事実の決定を知ったような場合には,会社関係者(法166条1項)として,職務とは関係のない飲み会の席などで重要事実の決定を知った場合には,情報受領者(法166条3項)としてインサイダー取引規制の対象とされる可能性があるといえます。
     
    3 重要事実(法166条2項)

     次に,設例において会社従業員が知っている他社との業務提携の決定という事実が「重要事実」の決定といえるのか検討が必要になります。

     重要事実は,投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす情報とされており,上場会社等又はその子会社にかかる①決定事実(法166条2項1号,5号,一部軽微基準あり),②発生事実(同項2号,6号,一部軽微基準あり),③決算情報(同号3号,7号,重要基準あり),④バスケット条項(同項4号,8号)が定められています。

     上場会社等にかかる決定事実としては,株式や新株予約権の募集・自己株式の処分,資本金の額の減少,資本準備金又は利益準備金の額の減少,自己株式の取得,株式無償割当て,株式の分割,剰余金の配当,組織再編行為,業務上の提携等が挙げられています(法166条第2項1号)。

     そのため,設例において,他社との業務提携を決定したことを知っているのであれば,原則として,重要事実の決定を知っていることとなります。

     なお,業務提携の決定については,軽微基準(提携から3年以内の各事業年度において提携効果として見込まれる売上増加額が,最近事業年度の売上高に対して10%未満であること等,有価証券の取引等の規制に関する内閣府令49条1項10号)が定められていますので,軽微基準に該当する場合であれば,業務提携の決定を知っていても,インサイダー取引規制の違反とはなりません。

    4 適用除外(法166条6項)

     会社関係者等のインサイダー取引規制には一定の適用除外が定められており,証券市場の公正性・健全性に対する投資者の信頼確保の観点から類型的に規制対象とする必要がないと考えられる取引については,適用除外とされています(法166条6項)。

     適用除外としては,既に有する権利を行使する場合(ストックオプションの行使等),法令に基づく場合(反対株主の株式買取請求等),重要事実を知る前に決定された売買等の計画の実行としての売買等(従業員持株会が株券の買付けを行う場合,株式累積投資制度(るいとう)による買付け等),組織再編がなされるにあたって売買等がされる場合,などが挙げられます。なお,適用除外に関しては,自社株売買に対する過度な制約を解除するため,近時,「知る前契約」「知る前計画」に係るインサイダー取引規制の適用除外に関して「有価証券の取引等の規制に関する内閣府令」が一部改正され,平成27年9月16日から施行されております(「有価証券の取引等の規制に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令(案)」及び「金融商品取引法等に関する留意事項について」(「金融商品取引法等ガイドライン)の一部改正(案)に対するパブリックコメントの結果並びにインサイダー取引規制に関するQ&Aの追加等について」http://www.fsa.go.jp/news/27/syouken/20150902-1.html#bessi4)。

     設例のストックオプションを行使して株式を取得することは,上記適用除外に該当し,インサイダー取引規制に違反することにはなりません。

     他方,ストックオプションを行使して得た株式を売却する場合は適用除外になりません。したがって,重要事実が公表されてからでなければ,売買をすることができないので,注意が必要です。

     なお,公表とは,①上場会社等又は上場会社等の子会社などにより多数の者の知り得る状態に置く措置として政令で定める措置が取られたこと,または,②これらの者が当該事項の記載されている法定開示書類が公衆縦覧に供されていること(法166条4項)とされており,上場会社等のホームページにおける公開では足りないことに注意が必要です。実務上は,①のうち,東京証券取引所が運営している「TDnet(Timely Disclosure network)」による公表方法が中心となっています。

    5 罰則

     インサイダー取引規制に違反した場合の罰則としては,5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金,又はこれらの併科になります(法197条の2第13号)。

     また,法人の代表者又は法人の代理人,使用人その他の従業者が,その法人の計算でインサイダー取引規制に違反した場合には,その法人に対して5億円以下の罰金刑が科されます(法207条1項2号)。

     さらに,インサイダー取引規制の違反によって得た財産は原則として没収又は追徴されます(法198条の2)。

     このほか,行政上の措置として,インサイダー取引規制に違反して自己の計算で有価証券の売買等を行ったものに対して,金融庁から課徴金納付命令が出されます(法175条)。

    弁護士 西川 文彬

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